僕の時間 02 そこから2人で歩いて家まで帰った。道中話すのは専ら拓都で、それを彼も知っている様に、淀みなく喋り続けた。 「いや〜、久しぶりに麻雀やりたくなってさ」 「そしたらすごいツイてて連続役満でしょ?調子に乗ってどんどん上の人相手してたら遂に連れてかれちゃってさ」 「あ、でもアキちゃんが助けてくれたから稼いだ金は持ってかれなかったよ?これで2人で美味いもんでも食べに行こっか」 「なにがいい?高級サラダ?高級リンゴ?ていうか肉食った方がいいと思うんだけど、アキちゃんって食わないのに逞しいよね」 「ひょいって楽々お姫様抱っこされて、お兄さんビックリしちゃったよ」 「アキちゃんになら何されてもいいけど、お姫様抱っこはされるよりする方がいいかなー」 「そういえば1人で街中まで出てくるなんて珍しいね。俺がいなくて寂しかった?」 「アキちゃん」 何でも許してくれると思った。 「……朱希?」 この人は、俺の事、見捨てない。 だから俺も、この人だけは見捨てない。 …見捨てられたく、ないから。 ひどくエゴで、高慢な駆け引きの応酬。 汚いって、思われるのは簡単で、自分で自分に失望するのも簡単で、だからこそ人に認められたいんだ。 そう言った拓都の事を思い出した。今やっと少しだけ、そう言った彼の事がわかる気がした。 「……」 彼の傷付いた頬を、無遠慮に撫でる。彼は一瞬身を引いて、それから大人しく撫でられた。 「…イヤ」 思い出すだけで、イライラする。苦しくなる。悲しくなる。 「…アキ?」 “誰か”が彼を触った事が “誰か”に彼が触れられた事が “誰か”が自分じゃ無かった事が とてつもなく不快で、許せない。 触らないで。触らせないで。 俺以外の誰も、 彼に気付かないで。 “言葉”を操る事を、ほんの少し躊躇ってきたから、こんな時なんて言ったらいいかわからなかった。 なんて言いたいのかすら、わからなかったんだ。 なのに、 「心配かけたね」 何でも無い事の様に、彼が笑うから。きっとこれは、人の世において常で、何でも無い事だったんだと、そう理解する。ただ納得は、出来そうもないけれど。 「心配してくれたんデショ?アキは強いから、俺は頼りにしてたよ。ありがと、アキちゃん」 そう言って、彼は頬に軽いリップ音を落とす。なんだか心地よい温かさが胸に広がって、ギュッと彼を抱く。傷付いた頬をペロペロと舐めれば、痛そうにくすぐったそうに、彼が身をよじった。 「ふ…ちょ、アキちゃん…!」 それヤバイって!今まで我慢してきたのにそんなんされたらもたないって! 何か言う拓都を独り占め。 この人の前では、何をしても許される気がしていた。 『愛してるよ、アキちゃん』 愛っていうのは、そういう盲目的な何か窺い知れ無い感情の、並列地点なのだと感じていた。 それは時に息苦しくて、時に心地良い、非常に不器用なものだったけれど、 「…好き、だよ…タクト」 誰かを愛する自分は、嫌いじゃなかった。 汚いって、思われるのは簡単で、自分で自分に失望するのも簡単。 でもだからこそ、人に認められたい。そういう色んなモノを含めた人間としての自分を、受け入れてくれる。そんな確かな存在が1人でもいてくれたら、途轍もない、優しい自分になれるから。 「…俺も大好きだよ、アキちゃん!」 彼は昔、酷く俺を汚した。 独りを臨んだ俺に、それ以外を教えてくれた。 どうかもっと、此処に触れて欲しい。 忘れられ無い俺に、生涯残る記憶を、どうか一緒に、刻み込んで欲しい。 そう静かに願った。 [*前へ][次へ#] |