うみねこ二次(短編) (十八)Gold return 「十八!しっかりしろ十八!」 頭が割れそうに痛い。なんだろうかこの痛みは。 「またいつもの頭痛か…くそっ、こんな時私はどうしたらいいのだ…!」 昔を思い出そうとするといつもこうなる。そして、声が聞こえる。 「俺は……俺は……!」 お前の名は、――――だ。 気がつくと俺は見知らぬ洋館にいた。 まるで世界から切り取られたかのような気を起こすその洋館の中には、黄金の蝶が舞い踊っていた。 「ようこそ、八城十八」 美しい蝶に目を奪われていた俺の後ろから声が聞こえる。振り向けばそこには、椅子に深々と座り足を組んだ赤髪の青年……いや素直に言おう、俺がいた。 「ここは六軒島。俺達の家だ」 「六軒…島……」 幾子の家にもたまに届く新聞に書いてあった。巨大なクレーターと共に大富豪一家、右代宮家が長女の絵羽氏を残して全員死亡したという。 「だが俺達のってどういう事だ。俺はこんな洋館は知らない…お前が、記憶が無くなる前の俺だと言うのか」 「無くしたんじゃない。お前の記憶を俺が持っているだけだ」 この男は何を言っている。こいつと俺が同一人物であるならば互いに記憶を持っているのは理解出来る。 だがこいつの言い様はまるで、別人であるにも関わらず俺の記憶をこいつだけがもっているかのようだ。 「その通りだ」 「……!?」 考えが読まれている? 「当たり前だ。お前と俺は同じ体に住んでいる。脳で考える思考は全てこちらにも流れてくる」 筋は通る説明。だが納得いかない点もある。 何故俺の思考がこいつに読めて俺はこいつの思考がわからない? それにこいつは別人である、というのに住む体は一緒だと主張する。内容に矛盾が生じている。 「元々それは俺の体だ。後から来た人格のお前にそこまで心を開くつもりはない」 「…なんだと?待て、確かに俺が記憶喪失なのは確かだ。八城十八という名前も幾子から貰った。だが、お前が名を名乗らない限りお前も俺と同じ――」 「俺の名は、右代宮戦人だ」 「…………!?」 遮るように告げられる言葉と、その名前に思わず息を飲んだ。 右代宮戦人……爆発した六件島にて死亡したとされる右代宮家の一人だ。 「俺が……右代宮戦人……」 「違う」 「!?」 「お前の名は八城十八だ」 瞬間、彼の服装が変わる。俺と同じ服装から黄金に飾られたマントを羽織った姿へと変わる。 見覚えがある、と頭は言っている。だが俺はどうしても初めて見たとしか思えなかった。 「俺とお前は体は共にしているが人格は完全な別物だ。そしてお前は、この右代宮の長であり黄金の魔導師であることを示すマントの存在を知らない」 黄金の魔導師、その響きに聞き覚えがあるかもしれないが……やはり俺は知らない。 すると、戦人は俺の目の前に拳を付き出す。 「もし、少しでもこの魔法が見えるのならば……お前もこの体の宿主として素質があると認めてやる」 戦人が拳を開くと手の平にはあめ玉が一つ。これは、なんだ? 「愛があれば、お前にもこの魔法は見える」 この光景に……見覚えがある。 「確かに、俺の右手にはあめ玉が握られている」 昔……いや、ほんの少しだけ前…… 「手から目をはなすなよ」 いや、今はこいつの『手品』付き合ってやろうじゃないか。余計なことを考えたら見落としがあるかも…… 「……お前に、この『魔法』は見えないな」 瞬間、戦人のあめ玉を握った拳が上下左右激しく動かされ、俺も目で追う。そしてしばらく追いかけた後、眼前にて拳はピタリと止まった。 突きつけた左手の拳を静止したまま、そしてそれがゆっくりと開かれた時…あめ玉は消えていた。 「…………」 「これが、俺がお前に課す魔法だ。どうだ、見えたか?」 これが、魔法?そう思った時体の奥から笑いが込み上げてきた。 「待て、お前は本当にこれを魔法だなんて言うのか?」 「……そうだ」 真顔で頷く戦人についに俺は耐えきれず吹き出した。だってそうだろう?あんな子供騙しみたいな『手品』が魔法だなんて、それじゃあまるで 「まるで……なんだ?」 瞬間、世界が凍りついた……いや、もっと分かりやすくに言えば雰囲気が変わったのだろうか……場所は変わらないのに今までとまるで別の世界のような気がした。 この変化に俺は周りを見渡してみる……気がつけば黄金の蝶が消えている。 「なんだ、いったい……」 「やはりお前は俺の考え通りのようだ」 戦人は理解したかのように深い息をつく。気づけばその姿はマントが消え白いスーツへと変わっていた。 「お前に、魔法は視えない」 「見え……あん?」 戦人の発する『みえない』という言葉に違和感を感じた。だがその違和感の正体が、俺にはわからない。 「お前には俺のマントが見えていないだろう?それは、お前が完全に魔法が視えなくなったということだ」 また違和感、魔法が見えないことにどんな意味があるというのだ。 俺がそれを問い詰めようと歩を進める、するとその足は戦人の前で見えない壁にぶつかり止まった。 「なっ……!?」 「これで確信が持てた。俺とお前は、完全に別人だ」 戦人はこの事態の確信を理解している。そう悟った俺は壁を破ってでもその胸ぐらに手を伸ばそうとした。 だがそれをするよりも早く、戦人の方に変化が現れた。いや、正確には戦人の『周り』に変化が現れた。 「ならば、そなたはわらわと共に行くのだな」 「ああ、もちろんだ」 戦人の隣にまた黄金の蝶が、今度は目を覆いたくなるほど大量に現れ、その隙間からは豪奢なドレスに身を纏い金色の髪を結わえた女性が現れる。 知っている、俺は何度もこの姿を文献から目にした。 「黄金の魔女、ベアトリーチェ……そんな…まさか」 「くっくっくっ初いのぉ、わらわを初めて見たときはそなたも同じ顔をしたな、なぁ戦人ぁ?」 「へ、別にびびってたわけじゃねぇ。ちょいと伝説に会えた喜びを噛み締めただけだ」 そこで戦人は初めて、僅かに口元歪めた苦笑のような表情の変化を見せる。 ここがどんな世界であれ、この右代宮戦人という男は黄金の魔女とすら通じていると言うのか。 いったい、この体は六件島でどんな日々を過ごしたというのだ。 「……お前に、これまでの記憶をやろう」 「そいつは、他人様の記憶を貰えるとは光栄だな……」 予想外な戦人の言葉に、俺は内心の動揺を見せぬよう振る舞うが、戦人はそれを笑いとはず。どうやらやはり隠し事はきかないようだ。 「理解しろ、お前と俺は別人だ。そして右代宮戦人は死んだのだ。その体はお前が使え、これから生きていくためには必要だろう記憶もくれてやる」 戦人は俺の額に手を伸ばす。戦人側からは見えない壁は無いらしく、指先は真っ直ぐ俺の額に触れる。 すると、淡い光が指先から帯び始める。 「頭の中に……映像が入ってくる……」 「それが、右代宮戦人の記憶だ。別人であるお前が俺の記憶を持つ以上、それはただの情報としか認識出来ないだろう……だがな」 戦人はそこで言葉を切る。そして全ての記憶が流れるのを待つ。 触れる指先から流れる映像は膨大だった……幼き日の歴史、六件島の殺人事件、魔女達との戦い。だがそれらを、戦人の言う通りこの記憶の当事者が自分であるとは思えなかった。 そして、一番最後の映像が、流れた。 「……あ……そう、か……」 「これだけは、忘れるな」 瞬間、全ての記憶が収められた証からかまばゆい閃光が放たれる。 戦人の言葉はそれに飲まれて聞こえなかったが、確かに俺には届いた。 「俺は、ベアトリーチェと猫箱の中にある黄金郷へと帰る」 「わらわは、そのために迎えに来たのだ」 いきなりの大量な情報に僅かに呆然とする俺へと背を向け、二人は寄り添い歩いていく。 そんなこと、させない。 「待てよ!!」 俺は思いきり前に踏み出し勢い良く壁へとぶち当たる。もしかしたら破れるかもしれない。 力の入れすぎで爪先が割れる。指から血が滲む……だが、それがどうした。 「お前は、それでいいのか!?」 「……何がだ?残念だが今度はお前の言いたい意味が理解出来ない」 こいつは、全てを抱え込もうとしている。 右代宮戦人の最後の記憶は、俺には……『八城十八』から見たらあまりにも過酷であった。 「お前も、俺と一緒に生きろ!!猫箱なんかじゃない、お前は本物の――」 「言うな!!!!」 「なっ……」 俺の言葉を遮るために放つ戦人の声と気は、空気をビリビリ響かせる。 沈黙する俺を、戦人だけが振り向く。ベアトリーチェは……戦人の指示があるまで動かない。 「それを願わないわけがない。祈らないわけがない!……だが、俺ももう、幻想の住人だ」 「ゲームマスターだから、自分のゲーム盤から出るわけにはいかないと?」 「違う」 悲しい瞳を伏せ、顔を横に振る。 「言っただろう、俺はもう、死んでいる。だから、お前がいるんだ」 戦人が体ごとこちらに向く。そして、涙に濡れた瞳を俺へと向ける…………俺もその瞳のあまりの悲しみに、泣きたくなった。 俺へと歩いてくると、俺の眼前で止まる。もう戦人側にも見えざる壁はあるようで、その壁に手を付け俺へと叫ぶ。 「我が体に住むもう一人の俺よ。魔法が視えぬもう一人の俺よ!お前だからこそ頼む!!……どうか、どうかその身で、右代宮戦人の願いを叶えてくれ!!」 壁に寄りかかるようにして崩れる戦人に、俺はその肩を叩いてやることが出来なかった。 だが、その想いは伝わった。 だから俺は……その姿に背を向ける。 八城十八と右代宮戦人を別つために。 「行くぜ、猫箱の外に」 「帰るぜ、猫箱の中に」 戦人は、ベアトリーチェの体を抱き、光へと消えていった。 俺も、また違う光へと飲み込まれていった。 ようやく理解出来た。ここは、あいつが用意した 猫箱の境界線 「……あ……幾子」 気だるさが全身を襲う中、いつもの布団の感触に包まれていた。 隣を見れば幾子が椅子に座り何か書いている。だが俺が目を覚ましたことに気がつくと目を見開いて俺へと迫った。 「十八!?良かった……もうなんともないのだな…?」 「ああ、それよりも幾子…これから執筆出来るか?」 起きがけの急な一言に目を丸くしたが、やがでいつもの表情に戻ると頷いた。 見れば幾子の前にはすでに原稿用紙とペンが用意されていた。 書かれている内容もおそらくは…… 「構わない、私も珍しく自分で案が浮かんだ。聞くか?それはな……」 「いやいいぜ。その案が今の俺には分かる。それは……」 「「六件島殺人事件!!」」 これも……あいつが起こしてくれた小さな魔法かもしれない。 それから俺達は俺の頭にある右代宮戦人の記憶から、上手く真実をはぐらかした形で六件島の悲劇を書き綴っては世に送り出した。 後にこれは『偽書』などと呼ばれるが、俺達の偽書は一つ工夫を凝らした。それは、海辺に流れ着いた真里亞の手紙と同じで偽書をボトルに入れることだ。 何故そのようなことをするか、それにはもちろん意味がある……それは…… 「……戦人さん……メッセージ、受けとりました」 お分かりだろうか?最後まで語るのは無粋ってやつだ。 いつか、必ずいつか………… 落ち行く海の中、俺の意識も次第に暗くなっていく。 『――――』 ベアト、と呼んだつもりだった。だがそれは泡となり声とはならない。 だがそれでも、抱きしめるベアトの体が冷たいのは水の冷たさのせいだけでないことを理解するには充分であった。 「もうここにベアトはいない」 話す度に空気が漏れる。死ぬほど苦しい。だが、構わない。右代宮戦人は、ここで死ぬのだ。 俺は金塊とベアトを離し、水中に身一つで漂う。 そして、一つの光を作り出す。 「俺は……猫箱のベアト達を守る……だから」 光を頭に埋め込むと、意識が更に狭まった気がした。当然だ、『もう一人の人格』を頭に植えつけたのだから。 「ニンゲンとなった新たな俺よ……いつまで経ってもいい。いつか、いつかまた生まれ変わったベアトの魂に出会った時、お前が右代宮戦人となれ」 それが、俺がお前にかけた転生の魔法。 まだ戦人の雛であるお前よ……必ず、ベアトを…見つけてくれ。 永遠に逃がさないぜ、ベアトリーチェ [*前へ] [戻る] |