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眠る君の側で。(詩音→悟史+入江)
あなたはなかなか目を覚ましてくれない。
「こんにちは」
「おや。今日も来てくれたんですね」
デスクワークをしていた入江所長がにこやかに出迎えてくれる。
「はい…彼、どうしてるかなと思って」
「…変わりありませんよ」
眉根を下げて笑う彼は、何故か申し訳なさそうで。
「…そうですか」
彼の言葉に苦笑する。
答えがわかっていながら、少しの期待を込めて訊いてしまう。どうしてか、訊かずにはいられないのだ。
もうずっとそうしているから、習慣になってしまったのかもしれない。
厳重にセキュリティ管理されている扉。入江がカードを機械に通すとその錠は解かれる。
最初来たときは驚いた。診療所の地下にこんなものがあったなんて。
今ではもう常連になってしまったけれど。
眠る彼の処へ向かう。
すうすうと規則的な寝息が聞こえる。あなたが生きている証拠。
それを確かめるように、わたしは彼の髪を梳きながら寝顔を見つめる。
ふと腕を見遣ると、これも相変わらずの手枷。足には足枷。
身動きできないようにきちんと固定されている。彼は目覚めてもいないのに。
前に入江が言っていた言葉。
「またいつ狂暴になるかわからない状態なので…彼は見境なく人を傷つけるかもしれません。勿論、あなたにだって…」
わかってはいるけれど、何度見ても痛々しい。
ベッドの側には沙都子へのプレゼントの大きな熊のぬいぐるみが置いてある。
いつそれを渡せる日が来るのだろう。
以前と変わらぬ笑顔で、沙都子や私に微笑みかけてくれるのだろう。
「ずっと待ってるのよ。沙都子は、あなたの部屋もそのままにして」
未だ目覚めぬあなたを。
「…ねぇ、悟史くん」
早く目を開けて、何か喋って。
そして、できることなら前みたいに頭を撫でてほしい。
『詩音』
呼ばれた気がして、顔を上げた。
考えごとをしているうちに眠ってしまっていたらしい。
夢の中で悟史くんに呼ばれた。
「ありがとう、悟史くん。起こしてくれたんですね」
時計を見ると2時間程度は経っていた。
「そろそろ帰らないと、お姉が心配しちゃいますね」
日も暮れてきましたし、と独りごちる。
帰る前に入江に声を掛ける。
「入江所長」
「ああ、詩音さん」
「長い間すみません。起こして下さっても良かったのに」
「ああ、いえ…眠っているあなた方がとても微笑ましくて、起こせなかったんですよ」
「え?」
「悟史くんは眠るあなたの髪に手を置いていましたよ」
まるで、頭を撫でて寝かしつけたみたいでしたから、起こしてはいけない気がして、と付け加える。
「…そう、なんですか…」
驚いた表情の私を見て入江は微笑む。
「また来てあげて下さい。悟史くんはあなたが毎日来てくれていることを、きっと感じ取っているんだと思いますよ」
悟史くんが、私を…?
涙が出そうになった。
「…はい、また来ます」
ありがとうございました、さよなら、と少し急ぎ足で帰っていく詩音を見つめながら、入江は必ず彼を助けなければという信念を固くした。
(あなたの眸に私が映る日を願って。)
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