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Don't cry, baby(闇表)




 扉の隙間から漏れる光ともぞもぞと動く影に誘われて、眠い目をこすりながら扉に手をかけて、中途半端に開いたままなのをきちんと開けると、目の前には相棒が立っていた。俺が現れたことに心底驚いたようで、大きな瞳をぱちくりとさせながらぱくぱくと口を動かしているが、その隙間から言葉が生まれることはなかった。このまま見詰め合っていても埒があかないので、漏れ出る欠伸を噛み殺しながら言葉を捻り出す。

「どうしたんだ相棒、こんな真夜中に」

 相棒はいつもなら小学生よろしく9時にはベッドに潜り込んで健やかな寝息を立てている。それがこんな時間に起きているとなると、不思議に思って当然だろう。
 相棒はもじもじと恥ずかしがって何かを言いにくそうにしていたので、頭を撫でて会話を促すと、僅かに紅潮した頬を見せながらごにょごにょと口を動かした。

「……な、なんかね……、眠れなくって、だから………キミと一緒に寝ようかなって…起こさないようにしようと思ったんだけど、ね? キミが普段こんな広い心の部屋の中でどうやって寝てるのか知らないから、どうしようかなって」

 可愛いぜ相棒…! 俺は恥ずかしそうに俯く相棒を思わずぎゅうと抱き締めた。可愛い可愛い俺の相棒。相棒の肩は同年代の男子のそれよりは大分細くて華奢なように思える。あまり強く抱き締めたら、壊れてしまいそうな、細い肩。

「で…キミはいつもどうやって寝てるの? どこかの部屋にベッドでもあるの?」

 相棒は俺に抱き締められて少し息苦しそうに、話を進めた。

「俺自身もこの入り組んだ部屋の構造はよくわからないから…普段は適当にその辺に寝てるぜ?」
「…その辺って、まさか床?」

 首肯する。相棒はあんぐりと口を開けて一瞬呆けた後、すぐに気を取り戻して、そんなのだめ、寒いでしょ、肩とか腰も凝るし首も痛くなるじゃない、なんて捲し立ててきて、俺がその勢いに気圧されてる間にいつの間にか相棒の部屋のベッドまで連れて来られていた。相棒が素早く潜り込んで、ほらほらキミも入った入った、などと言いながらちゃんと人一人分のスペースを空けて大きな枕をぱすぱす叩くので、俺はそれに従った。さすがに一人分として作られたベッドに高校生男子二人が入るのは少し窮屈だが、可愛い相棒が隣に寝るならそんなこと何の問題でもない。
 寝っ転がったまま相棒と向き合って、頭をゆっくり撫でると、相棒はいつものように嬉しそうに瞼を閉じた。

「珍しいな、相棒がこんな時間まで起きてるなんて」

 そう溢すと、相棒はうぅん、と唸ってから少し俺に抱きつくように体を寄せた。

「……なんかね、キミが居なくなってしまう夢を見たから、怖くて眠れなくなった」

 居なくなる。消える。
 相棒は続ける。

「ボクはきっと、君のことを凄く不安定な存在だと思ってるんだ…」

 相棒は言う。君が記憶を取り戻したなら。手に入れたなら。君は消えてしまう、わかってる、それがいつなのかもまだわからなくて、もしかしたらそれは明日かもしれない、明後日かもしれない、きっと、そんな心が反映されて。
 相棒を精一杯抱き締めた。泣きそうな声を、震える声を、閉じ込めるように。

「君が、ずっとボクと共に居たいと言ってくれて、嬉しかった。ボクもそうありたいと思った。だけど、きっとそれじゃだめなんだ…」

 人肌に触れて眠くなってきたのか、相棒はゆっくりと瞳を閉じた。この小さな体に、そんな行き場のない不安を抱えて。どうすれば相棒が安心してくれるかわからない、……いや、安心させることなんて、できないのかもしれないが。
 俺は、相棒の言う通り、とてつもなく不安定な存在なのだ。実体を持たないこんな体で、心の中でこうして触れていてもそんなの、きっと幻想で。途徹もなくリアルな夢の中に居るようで。自分がどこで生まれて、どんな名前で、どう生きていたかなんてわからない。まだ、わからない。不安定だからこそ、不意に消えてしまうかもしれない、なんて。
 それで相棒にこんな思いをさせているなんて、そんなこと。
 できるなら、記憶を取り戻したとしてもずっとこの暖かい場所に留まっていたいなんて、子供じみた願い。


 けれど今はそれにすがることしかできなくて、幻想かもしれない温もりを抱き締めて、俺はいつのまにか眠りに落ちていた。


 

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あきゅろす。
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