はじまりの恋
告白/3
一人になった空間で僕はぼんやりと窓の外を眺めていた。
二階の窓から見える景色の中では、わずかに残るピンクの花がゆらゆらと風に吹かれ揺れていた。もう既に葉桜になりかけているが、それでも柔らかい色合いは見ていて心が和むものだ。しかし、いつもならそうして心和ます綺麗な景色も、いまはあまり目に入らない。僕の頭の中は正直それどころではなかった。
校舎の隅にあるこの部屋にさえ届く放課後の喧騒が、ほんの少し開いた窓の隙間から入り込んでくる。けれどなぜかいまは、それさえもうるさいと感じない。片肘を突きながら、右手に持ったペンが延々と回され続けてどのくらい経っただろうか。いまだに頭の中がショートしているようだ。
「だって、まさかね」
小さな呟きがため息と共にもれた。真剣な藤堂の顔が何度も頭の片隅でよぎる。
「最後に彼女と別れてどのくらい経ったけ」
その年数を頭でぼんやり数えてみたが、恋愛偏差値はだいぶ下がっている気がする。目下進まないペンを置き、モヤモヤを誤魔化すように頭を両手でかき乱すと、僕は再び大きなため息をつく。
「藤堂優哉……何組だ」
鈍った頭で目の前に並んだファイルから青い背表紙のものを抜いた。藤堂が三年であることは青い胸のピンバッチで見て取れた。学年ごとにその色は違う。
記憶を反すうしながらパラパラとページを開く。
「そんなに接点あったけなぁ」
彼が通う二年の間で学年の担任にも副担になった覚えもない。行事ごともなるべく遠慮させてもらっていた。そう、ここ最近は面倒ごとを避けていたので、それほど頻繁に面識があったとは思えない。
「なんでだろうか」
考えても疑問符が浮かぶばかりだ。
「あ、F組か」
生徒名簿の中から彼の名前を見つけてそれを目で追う。
「見た目通り頭の良い子だ、うん」
担当教科でしか会うことがない生徒たち。せめて特徴を覚えておこうと、ファイルには名前の他に簡単な情報、コメントを記入している。
彼は常に学年で十位以内に入る優等生だ。特別苦手な教科もないようで器用な性質なのか。
「頭も良くて顔も良いし。実際もてるんだろうけど、複雑な年頃だよなぁ」
自分の投げかけた問いに、困ったように笑った彼の表情が思い起こされる。
決して派手な雰囲気ではないが、すらりとした体躯は華奢な印象もなく健康的。一度も手を加えたことがなさそうなさらりとした綺麗な黒髪と、切れ長で真っ直ぐとした淀みのない瞳。すっと通った鼻筋に乗せられた銀フレームの眼鏡がまた、知的な印象で好感が持てた。
物腰も柔らかく、きっと女の子から見たら王子様を思わせる風貌なのだろう。
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