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はじまりの恋
邂逅/6
 僕に気を使ってか、ゆっくりと歩く渉さんの少し後ろをついて歩けば、先程まで幾度となく彼が――こんなところ、と言っていた意味がわかった。
 ここは普通の居酒屋が軒を連ねる繁華街とは、少々様子が違う。ど派手な色をした看板が所狭しと掲げられている。しかも行き交う人達も、少し普段見慣れない雰囲気や組み合わせだ。普通に道端や駅でいちゃつくカップルはよく目にはする。それと同じことなのだが、なんとなく、この雰囲気に気圧されている感が否めない。
 明良でそういう感情や恋愛もあるのだと、理解や免疫があるつもりではいたけれど。やっぱり頭の中でしか理解してなかったのだろうなと思う。

「大丈夫? 佐樹ちゃん」

「え、あぁ。大丈夫」

 心配そうに振り返った渉さんの表情に、思わずぎゅっと強く握ってしまったその手を、何故か慌てて離しそうになった。けれどそれを阻むようにやんわりと、再び渉さんの手に優しく握られる。

「もし見かけたら言ってよ。勝手に走ったりなんかしたら駄目だからね」

 僕の性格をよく把握している渉さんは、とっさに走り出さないよう念を押すが、いまは正直それどころじゃない。なんだか変にドキドキしてしまっている自分がいる。

「渉さん、詳しいって言ってたけど、よく来るのか?」

「え? あ……たまに、ごくたまぁにね。仕事の付き合いで何度か」

「そうなのか?」

 一瞬だけ微妙な間があったけれど、あははっと軽く笑う渉さんにつられて、思わず僕も首を傾げながら、意味もわからず笑みを浮かべてしまった。

「えーと、捜してる子の連れは、頭がキンキラのホストかチンピラみたいな、頭の悪そうな子だったよね」

 いや、そこまでは言っていないつもりだが、そんな感じも否めないのであえて訂正はしなかった。思い出したバスの金髪青年の特徴を話すと、渉さんはすぐに合点いったのか、行き先を定めたようだった。

「俺も何回か見かけたことあるんだよねぇ。確か真っ黒けな印象のイケメン連れて歩いてた気がするから、その子じゃない?」

「へぇ、そうなんだ」

 話から推測すると、彼らは一緒にいることが多いようだ。
 もしそれが本当に僕の言う二人なのだとしたら――彼は、金髪青年と付き合っているのだろうか。いや、疑問符をつけて考える方がおかしい。普通に考えてこの辺りでよく遊んでいると言うならば、きっとそうなのだ。大体、最初から金髪青年は会うなり彼にべったりだった。

「……だったけど」

 そもそもなぜ、僕がそんなことを気にしなくてはいけないのだろうか。そもそもなぜライターなんかでこんなに一生懸命になっているんだろう。

「なんだろう」

 完全にこの場所の雰囲気に飲まれている気がする。僕は一人で自問自答をしながら、思わず小さく唸ってしまった。

「……ちゃんっ、佐樹ちゃん」

「え?」

 いきなり耳元で聞こえた大きな声と、肩を揺さぶられる感覚に驚いて、僕は慌てて顔を上げた。

「ホントに大丈夫? ここで待ってられる?」

「え? ここ?」

 覗き込むようにして僕を見つめる渉さんに目を丸くし、僕は彼の言うここ、を見回した。
 店の入り口なのだろうか。下り階段が足下にあった。下の踊場には扉が一つ。看板が掲げられているけれど、この角度からではよく見えない。

「絶対、誰になんて声をかけられてもついて行かないでよ。俺が戻るまで絶対だからね。どうしても危ないと思ったら下に来て良いから」

「ん、あぁ。わかった」

 眉間にしわを刻み込んだ渉さんの顔に戸惑いながら小さく頷くと、突然引き寄せられ、抱き締められた。ぎゅっと強く僕の背中を抱くその腕に、驚いたまま立ち尽くしてしまう。しばらく黙ってそうしていると、渉さんは長いため息と共に僕を離した。

「心配、すごく心配。やっぱり一緒に行こう」

「あ、いや外で行き違っても困るし、ここで待ってる」

 上の空で話半分だった渉さんの話を頭の中で巻戻して、僕は苦笑いを浮かべた。下へ一緒に降りようと言った渉さんに、僕はここで待っていると答えたのだ。
 ぎゅっと強く僕の両手を掴む渉さんは、いまだに心配そうな表情を浮かべている。

「んー、すぐ戻ってくるからね。約束だよ、ここにいてね」

「わかってる」

 本気で僕を心配しているのがわかるので、じっとこちらを見る目を見つめ返して、何度も頷いて見せた。するとやっと納得したのか、僕の両頬に唇を寄せると、渉さんは自分のマフラーを僕に巻きつけ、慌ただしく階段を駆け下りていった。

「向こうの挨拶って慣れない。っていうか。これって女の人にする挨拶じゃないのか?」

 会ったら一度は必ずされるのだが、いまだに慣れない上によくマナーというかそういうのがわからないので、疑問も浮かぶ。しかもいまは挨拶する状況ではなくおかしい気もする。

「……寒っ」

 渉さんがいなくなると何故か急に寒くなって来た。人が一人傍からいなくなるだけで、体感温度は変わるものだ。冷えて来た手を擦り合わせ、僕はまだ降り続く空を見上げる。



「……暇じゃない。人を待ってるんで」

「寒いのに待ちぼうけとか、ありえないじゃん。一緒に遊びに行こうぜ」

「行かない」

 背後の壁にもたれて数分。そして同じ言葉を繰り返して十分。やっと渉さんの心配を身を持って体感している。何度あしらっても、次から次へとやってくるこの――ナンパに、いい加減辟易してきた。
 特にこの目の前の男が一番しつこい。他の男は何度か粘るものの、はっきり拒絶すれば最後には比較的あっさり引いてくれた。なのに――。

「しつこい、うざい。いい加減にしてくれ」

 こちらはそんなに気は短い方ではないつもりだが、それでもこの男は度を越している。

「だってよ、手がこんなに冷たいじゃん。そんな彼氏は放って俺と遊ぼ」

「触るなっ」

 突然握られた手に一瞬肩が跳ね上がる。けれど慌ててそれを振れば、男はニヤニヤとした笑みを浮かべた。

「そうムキになって怒んなよ。ちょっと一緒に遊ぼうって言ってるだけだろ」

「……ざけんなっ」

 空いた手で突然肩を抱かれ、ぞわりと身体中に鳥肌が広がった。しかし握られた手を振り解こうと持ち上げた腕が、無理矢理に引き寄せられるように引っ張られ、無意識に身体が固まる。

「……」

 けれどふいにその手が解かれ、僕の身体は別の方向へ引き寄せられた。

「渉さん?」

 てっきり戻ってきた渉さんだと思い僕は振り返った。

「あんまりしつこいと警察呼ぶぞ。この辺りは巡回あるの知ってるよな」

 しかし狼狽した様子を見せる男を静かに見下ろすのは、バス停で見かけた彼――だった。
 

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あきゅろす。
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