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はじまりの恋
邂逅/5
 慌てて彼らが歩いて行った方へ走るが、視線を巡らせてもやはりその姿は見つからない。

「どうしようか」

 おそらくこれは結構高価なZippoのはずだ。昔、大学の友人にコレクターがいたので、なんとなく見たことがある。交番に届けるか――いや、交番になんてわざわざ取りに行きそうな子には見えなかった。じゃぁ、見なかったことにして置いていくか、いやそれだと今度は間違いなく他の第三者に拾われるだろう。

「この辺で遊んでるなら、また会ったり……しないか」

 偶然道で出会った人間に、再び出会える確率は低すぎる。やはり交番に届けるのが無難か。しかし――いまは時間がない。

「ヤバい。店閉まりそう」

 どうせまた帰りにここへは来る。後で交番へ届けることに決めると、僕は駅ビルに走り込んでいった。



「とりあえず任務完了」

 閉店のアナウンスを聞きながら、店員の女の子にすべてを任せて、慌ただしく僕は買い物を終了させた。日付指定をして伝票に住所や名前を書き込んでいると、ふいに店員が小さな声を上げた。
 ショーウインドウの向こう側で先程より粒の大きくなった雪がちらついている。

「また、積もりそうですね。帰り道お気をつけください」

 扉を開き恭しく頭を下げた店員に、ありがとうと告げて、僕は薄らと雪化粧を施された白い路面に、ゆっくりと足を踏み出す。僕の姿が遠く離れるまで、頭を下げているだろう店員の気配を感じてはいるが、僕はつい視界に入る程降りしきる雪につられ、薄暗い空を見上げた。
 雪空はいつもの夜空より少し明るく感じる。闇空の蒼に淡く白が混じるからだろうか。寒さは得意ではないけれど、冬と言う季節は、どこか幻想的で好きだ。

「さて、帰る前に交番寄って行かない……と」

 上着のポケットに入れていたライターを取り出し、交番へ向かおうとした僕の目先を、思いがけず彼が横切った。そして道路を一本挟んだ向こうを足早に歩くその姿を、頭で認識するより先に、僕は追いかけていた。

「また見失いそう」

 背が高いとはいえ、着ている服が全体的にモノトーンなせいか、陽のない夜に溶け込み、背中を追う彼が人混みに紛れがちだ。必死で彼の背中だけを見つめて走れば、急に視界が遮られた。

「……痛っ」

 遮られたと言うのは正しくない。前から歩いて来た人に、正面から思い切りよくぶっかってしまった。

「すいませんっ」

「あ、ごめん……って、嘘、佐樹ちゃん?」

 よろりと後ろへ下がってしまった僕の身体を支えた彼は、顔をさする僕を見下ろし目を見開いていた。

「あれ、渉さん?」

「な、な、なんでこんなとこにいるの?」

 狼狽しているのか、渉さんの喋り方が微妙におかしい。その様子に首を傾げれば、困ったように眉を寄せて彼は僕を見つめ続けた。

「あの、渉さん。いま、人を捜していて」

 ふらついた身体を抱き寄せられ、赤くなったらしい鼻先を指で優しく撫でられる。いつまでもこちらから外れない視線に、さすがに気恥ずかしさを感じ始めてきた。
 渉さんはいつ見ても綺麗で、男の自分から見ても格好良いと思える。しかも彼は会う度に若返っているような気さえする。

「佐樹ちゃん?」

 人の目をじっと見て話すのは彼の癖なのか、そこから逃れるのに僕はいつも必死だ。

「人捜ししてるって、こんなところで誰を捜すの」

「え、それは誰と言われるとわからないんだけど」

 完全にまた見失ってしまった後ろ姿を捜して、辺りに視線をさ迷わせると、渉さんは少し考える素振りをして首を傾げた。

「んー、俺が捜してあげる。特徴とか教えてくれる? この辺りは、佐樹ちゃんより詳しいからさ」

「いや、それは悪いから」

「俺は佐樹ちゃんがこんなとこウロウロしている方が怖くて仕方ないから、ね」

 いい歳した大人が子供のような心配されると、非常に微妙な気分だ。不満げな表情が顔に出ていたのか、渉さんは僕の顔を見下ろして苦笑いを浮かべている。けれど小さく息を吐きながらも、僕の頭や肩に積もった雪を指先で払うと、彼はおもむろに僕の手を掴み歩き始めた。

「渉さん?」

「ホント、相変わらず頑固だよねぇ佐樹ちゃんは。俺から離れないって、約束してくれたら一緒に連れて行ってあげる」

 それは握られた手を離すなと言うことなのだろうか。言葉より先に、渉さんは僕が向かっていた方向へ歩き始めていた。

「佐樹ちゃん、俺と今日ここで会ったことは明良には内緒だよ。あいつ、勝手に佐樹ちゃんに会うと怒るんだよねぇ」

「……え」

 どこか寂しそうな笑みを浮かべる、渉さんの表情に驚いた。あまりそんな風に笑った顔は見たことがない。
 そういえば、渉さんとは高校時代に知り合ったが、僕はいまだに彼の連絡先を知らない。連絡したい時や、向こうが僕に用がある時は必ず間に明良が入る。別に僕は、連絡先くらい交わしても構わないと思うのだが、いままで気づかなかったのがおかしいくらいだ。
 常日頃会う訳ではないけれど、彼とはもう十三年来の付き合いだ。今更でも教えても良いだろうか。

「あの、渉さん」

「そうだ、どんな人捜してるの? なにかあったの?」

 なんとなく意を決し声をかけるが、振り返った渉さんにそれは遮られた。

「えっ、あー。落とし物を拾って、交番に届けようと思ったんだけど」

「落とし主を見かけちゃったんだ? どんな人?」

「えーと、形容し難いんだけど。大学生くらいかな。背が高くて派手じゃないけど、すごく格好良い感じの子で……でも髪も服装も黒っぽくて」

 人捜しをするには特徴を上げにくい。見れば絶対にすぐわかる容姿なのに、言葉で説明するのは難し過ぎる。

「ふぅん、格好良い子ねぇ」

「わからないよな」

 急に目を細め、遠くへ視線を向けた渉さんの仕草に肩が落ちる。いまの説明でわかったら、もうそれは超人か、ただの知り合いだ。

「他には? 誰かと一緒だったりした?」

 気落ちした僕に気づいたのか、渉さんはやんわりと笑みを浮かべて僕の頭を撫でた。

「……誰か、誰かと一緒。あ、いた、ものすごい派手な子と」

 言葉で形容するには最適な。遠くから来てもすぐわかるようなど派手な子がいた。
 

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