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はじまりの恋
邂逅/4
 早いもので僕が以前、担任に就いたことのある生徒たちは今年の卒業生で最後だった。クラスを持たされるのは大変だったが、その分楽しく、思い出も多く残った。でも、まだしばらくはのんびりしていたい。

「じゃぁ、当日はよろしくお願いしますね」

 真剣な顔で当日の時間割や資料を渡す教頭に、思わず苦笑いが浮かんだ。

「わかってます、大丈夫ですから」

 やけに何度も念押しされるのは何故だろう。別にいままで、何か仕事を反故にした記憶はないが、心配げな教頭の顔に愛想笑いを浮かべて僕は頭を下げた。

「あぁ、そうか。まだ気を使われているのか」

 職員室内にいる他の先生たちにも挨拶を済ませ、廊下に足を踏み出した僕は、ふと頭を過ぎったものに苦笑いを浮かべ立ち尽くした。

「もう、あれから随分経ったんだけどな」

 けれど、そう呟きながらも無意識に左手の薬指をさすった自分に、思わずため息混じりで頭をかく。自分で思っているよりも、周りにはまだ余裕がなく見えるのだろうか。いや――多分きっとそうなのだろう。だからこそ僕は面倒ごとを避けて通る。
 人の目が僕を憐れむのが、何よりも辛い。

「未練とか、まだ恋しいとか、そんなんじゃないのに、な。やっぱり……後悔、かな」

 あまり他人に強く執着しない僕にでも、誰かを愛しいと思う心はある。そして自分の父親を亡くした時よりも、あの日の方が遥かに動揺したのは確かだった。

「さっさと帰ろう」

 なんとなく気分が晴れずモヤモヤとし始めた。それを紛らわすように、僕は足早に校舎を後する。

「あ、今日はやけに冷えると思ったら、雪か」

 外へ出ると、灰色の空からちらちらと白い小さな結晶が降ってきた。手のひらを上に向ければ、次々と雪はそこへ落ちていく。傘など用意していないが、このくらいならば大したことはないだろうと、僕は再び歩き始めた。

「そう言えばもう少しで母さんの誕生日だ。何か送っとくか、忘れるとうるさいしな」

 いまだに子供っぽいところがある母は、イベント事を重視する人で、自分だけでなく姉たちの誕生日も、忘れるとすぐに電話がかかってくる。お互い近くに住んでいるとは言い難い距離、今回は実家に帰るのも難しいだろう。
 店が閉まる前にどこかでプレゼントを調達しようと、歩調を早め僕はバス停へ急いだ。

「すいません」

 バス停に着くと丁度乗降しているところで、僕は慌ててそれに飛び乗った。急いでいたので目の前の人に少しぶつかってしまったが、その青年はちらりとこちらに視線を向けただけで、ふいと顔をそらされた。
 随分と派手な子だ――金色に染めた長い髪。首に幾重にも巻かれ、ジャラジャラと下がったネックレス。指にいくつもつけたゴツゴツとした指輪。それだけならまだしも、光沢のあるシャツやおそらくブランド物であろうスーツ。とにかく目を引く子だ。そして若干乗客が引き気味なのも確かだった。綺麗な顔立ちをしているけれど、一見するとちょっとチンピラっぽい。
 バスの中はどうしても目端に止まってしまう煌びやかな青年の影響か、皆一様に息を潜め、微妙な雰囲気が漂っていた。そのまま十五分ほどバスに揺られていると、駅前のロータリーにバスはゆっくりと入っていく。そして開いた降車口から、皆忙しなく足早に降りて行った。

 そんな中、僕はのんびりとバスを降りた。

「……やっぱり美形には美形が集まるのが普通だよな」

 類は友を呼ぶ。という言葉がある。同じようなものにはそれ相応なものが集まると言う。明良や渉さんなどの顔がふいに浮かぶが、僕の周りはやはり例外的なモノなのだろう。一人納得して、僕は同じくバスを降りた金髪青年を横目に見た。彼は降車口の近くでガードレールに腰掛けていた青年の元へ、足早に歩み寄っていった。
 煌びやかな彼とは対称的なその青年は、黒いロングコートに身を包んだすらりとしたモデルのような容姿。少し長い前髪が頬にかかり、伏し目がちな切れ長の瞳をわずかに隠す。

「ふぅん、芸能人みたいな子だな。スーツでもないし、大学生かな」

 風に吹かれて揺れる彼の髪は綺麗な黒髪で、装飾品の類など全く身につけていないのに、金髪青年とは別な意味ですごく目を引く。
 ニコニコと満面の笑みを浮かべ、金髪青年は彼に話しかけているが、彼は背中にべったりと張り付いた金髪青年に、眉一つ動かさずゆっくりと立ち上がった。

「……あ」

 一瞬、目があった。
 じっと見過ぎた。こちらの視線を感じたのだろうか。けれど彼は何事もなかったかのように歩き出す。金髪青年はその背中を追い、張り付いたまま歩いていった。

「あ、あれ?」

 何故か立ち尽くして、いつまでも青年の後ろ姿を見つめていると、彼のいた場所になにかが落ちているのに気がついた。その場に近づきしゃがんで見れば、ライターが落ちている。

「高そうなライターだな……って、あ、いない」

 カチリと良い音が鳴るそれを拾い上げて眺めながら、僕は我に返って顔を上げた。けれど先程まで視界にとらえていた彼の姿は、もうどこにも見当たらなかった。
 

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あきゅろす。
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