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はじまりの恋
邂逅/3
 微かに残る記憶を手繰り寄せて、彼を思い出す。写真に写る二年前の藤堂と僕が出会ったのは多分、寒い――雪が降る頃。



「今日はやけに冷えるな」

 雪が溶け始め、だいぶ寒さが和らいで来た。とは言ってもまだまだ冬の寒さは残っている二月。今年は例年より寒く、桜が咲くのは三月の終わりか月初めか。入学式には咲いていると良いなと思いながら、僕は窓の外で風に揺らされている桜の枝を見つめた。

「ん?」

 一人感傷に浸っていると、背後で戸を叩く音がした。小さく返事をすれば、それはゆっくりと開き、見慣れた同僚が顔を出す。

「西岡先生、ちょっと良いですか」

「あ、どうぞ。廊下は寒いだろ? 中に入ったら間宮先生」

 戸の隙間から顔だけ出す間宮に、僕は首を傾げて手近の椅子を勧める。するとあたふたと慌ただしく彼は室内に入り、僕の目の前に腰掛けた。

「用があるなら、内線鳴らしてくれても良かったのに。旧校舎寒いだろ」

 いまいるこの教科準備室は、本校舎から離れた場所にあるだけでなく、建物が古いせいか向こうより少し寒さを感じる。その証拠に間宮は手をすり合わせ、いまにも凍えて動かなくなりそうだ。元々少し変わっている、というか。物事に対してのんびり、いやズレている彼の行動には時々驚かされる。

「どうぞ、粉の簡単なお茶だけど」

 予備に置いているマグカップにお茶を煎れ、間宮に手渡すと、嬉しそうに顔が綻んだ。

「ありがとうございます」

 僕の五年ほど後にこの学校へ赴任してきた彼は、実はそんなに歳が変わらない。大学院まで行って、なぜ教師になってしまったのかは疑問だが、少しおっとりしていて、随分と世間知らず気味だ。
 そんな箱入り息子はいつの間にやら僕に懐いてしまった。何かあれば真っ先に僕の所へやってきて、相談を持ちかけてくるのだ。
 しかし他の先生たちはこの独特の空気感が掴めず、苦手意識があるようなので、僕に懐くのは致し方ないのか。それに僕は彼のことは嫌いではない。あまり相手に深く干渉して来ないところが、すごく楽だ。

「で、なに?」

「あの、お茶頂きます」

「……どうぞ」

「西岡先生、来期も担任も副担もやらないんですか」

 ふぅふぅとカップの縁を吹いていた間宮が、小さく首を傾げて僕を見る。冷えた手を温めるためか、両手でカップを持つ姿が、まるでリスのようだ。
 しかも湯気で彼の眼鏡が半分曇っている。

「あ、あの」

「え? あぁ、なんでもない。来期、来期ね」

 思わず噴き出した僕に、間宮は目を瞬かせていた。

「間宮先生もそうだけど、後続の若い先生方もだいぶ学校に慣れたみたいだし、そろそろそちらにお任せするのも良いかなと思って」

 というのは口実で、少し面倒ごとから身を引きたかったのが正直な理由。けれど間宮はそうですかと小さく呟き、俯いてしまった。

「ん? 間宮先生もしかして、来期どこかのクラスに就くとか?」

「……いえ、クラスには就かないんですけど。顧問を頼まれまして。お断りしたんですが、断りきれなくて」

 しゅんと肩を落とした間宮に首を捻る。そんなに気落ちするような部活はあっただろうか。まぁ、彼にして見ればどこも不安なのだろうけど。のんびりした雰囲気と、なんとなくはっきり物が言えない性格。悪い先生じゃないけれど、良いように扱われ易い。

「どこ?」

「生徒会です」

「……え?」

 思わず飲みかけたお茶を噴き出しそうになった。よりによって生徒会とは、また面倒ごとを押し付けられたものだ。そういえばいまの顧問の先生は、結婚で異動になるんだった。先生同士の社内恋愛は色々と面倒だ。

「まぁ、忙しいけど。良い経験にはなるんじゃないか?」

「とは思うんですが」

「やって見ないと始まらないし、いまの生徒会はみんな良い子が多いから大丈夫だよ」

 多分、顧問などいなくともしっかりやってくれそうな子たちばかりだ。

「あ、ちょっとごめん」

 突然鳴り響いた呼び出し音に僕は片手を上げて、こちらを見ている間宮を制した。

「はい、西岡です。……はい、え? はぁ、まぁ良いですよ」

 なんとなく煮え切らない返事をする僕に、念を押す電話の向こう側は騒がしく、ここは本当に隔離された平和な場所だと思った。

「間宮先生逃げて来ただろ。職員室すごい慌ただしい雰囲気だった」

 受話器を戻して、僕は間宮に目を細めて笑う。

「え、あ……実は。それに私がすることあまりないですし」

「ふぅん」

 じゃぁ、ここにいるのはあぶれた二人と言うことか。

「教頭先生ですか?」

「ん、そう。ほら今度、一般入試あるだろ。人手が足りないから、それの試験官やってほしいって」

 まぁ、他に何もしていないのだから、これくらいはしないと罰が当たる。
 

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