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はじまりの恋
予感/3
 ずっと傍にいるからと、そう優しく囁かれるたびに嬉しくて幸せで胸が痛くなる。そして彼の心音と温もりを感じるたびに安堵する。でもそうしているうちにどんどんと自分の弱さが露見して、このままでは本当に彼が、藤堂がいなければ生きていけないんじゃないかと、少し怖くもなった。けれど深くは問いたださず、大丈夫だと心配はいらないと、何度も何度も言葉にして強く抱きしめてくれた藤堂に少し救われた。
 藤堂の後ろ姿を見た瞬間、朝に見た夢を思い出し急に不安でたまらなくなった。だからまたどこかへ消えてしまいそうで、僕は悲しくなってしまったのだ。

「……女々しい」

 そんな自分の弱さに嫌気がさして、胸の辺りが次第にムカついてくる。自分はこんなにも弱い人間だっただろうか、このままでは藤堂まできっと不安にさせてしまう。けれどそう思いながらも、藤堂の優しさに甘えてしまう自分がいた。
 最悪だ――。



「先生! 今日それ何本目?」

 自分の情けなさにうなだれたのと同時か、力の入った指先から、ふいに鈍い音が響いた。

「え?」

 その音と背後から聞こえた声で我に返り、僕は慌てて後ろを振り向く。こちらを窺うやや呆れた視線とどこか心配げな視線は、ここが教壇の上だということをはっきりと思い出させた。

「あー、悪い」

 彼らの視線に戸惑いつつ、ことごとく折れたチョークが並ぶ箱を目にすると、重たいため息が漏れてしまった。公私混同もいいところだ。頭の切り替えがまったく持って出来ていない。

「西岡先生は元々字が綺麗だから良いけどさ。これが木野先生だったら目も当てらんないよなぁ」

「言えてるーっ」

 生徒の笑い声に黒板を振り返れば、お世話にも見やすいとは言い難い文字がそこには並んでいた。確かにこれが同じ教科を教えている木野先生だとしたら、解読の難度が上がるだろう。毛筆であれば流れるような綺麗な文字と言えるが、硬いチョークで書かれた流れる文字は正直、見難い。

「こら、木野先生は達筆なんだよ」

 口ではフォローしながらも、ついつい生徒達同様、そう思ってしまった自分はなんとも大人気ない。

「とりあえず、解読出来なかったら後で聞きにくること。あと、来週からテスト準備期間に入るので、職員室と準備室は立ち入り禁止だから」

「今回はどっちが作るんですかぁ」

「ん? 今回は木野先生」

 挙手した生徒の質問に何気なく答えると、一斉に教室内からブーイングが起こった。
 僕の受け持ちは二年だが、クラス数が多いため木野先生と受け持ちを二分している。だからどうしても、テストは僕か木野先生どちらかの作成になってしまう。ブーイングの意味がわからず首を捻ると、ざわめきが更に広まる。

「なんだその声は」

「えー、木野先生の作る問題ってやたら複雑だし、わかりにくいし、面倒くさいんだよなぁ」

「……ん、まぁ」

 確かに生徒たちのその気持ちはわからなくはない。あの先生が作る問題は難しくて自分でも遠慮したいと思う。とはいえテストはテスト。僕が作るものが簡単だと言われても困る。

「なんで西岡先生じゃないの」

「ん、先生が今週末にある創立祭の実行委員会、顧問だから」

 不満だらけの顔に苦笑いをしてそう言えば、ますます大きなブーイングが起きた。

「文句ばっかり言うんじゃない。そんなこと言ってると次の試験で嫌がらせしてやるぞ」

 木野先生は年の功か博識で授業も楽しいと評判が良い。なので、決して悪い先生ではないのだが、やはりどうにもテストだけは敬遠されがちのようだ。

「創立祭って、結局私たちはなにするわけでもないんですかぁ」

「んー、そうだな。生徒は午前中だけだし、校長先生のありがたい話聞いて。あとはほら、卒業生でバンドデビューしたなんとかってやつ」

「先生、その言い方おっさんくさい」

「うるさい。どうせおっさんだよ」

 ここにいる子達から見れば、充分おっさんだ。反論の余地はないが、ムッと目を細めれば皆一様に笑い出す。

「嘘嘘、先生若いって」

「……覚えてろよ」

「うわぁ、職権乱用」

 先程からあれこれと声を上げていた生徒達に冗談混じりにで目配せすると、目を丸くしながら苦笑いを浮かべた。

「はーい、サインとかもらえますかっ」

 そんな打ちひしがれている生徒を尻目に、女子が数人声を上げる。

「さぁ、その辺は先生全然わからない」

「えぇーっ、顧問でしょ」

「気になるなら、実行委員か生徒会に聞いてくれ」

 詳細は相変わらずノータッチでさっぱりわからない。ほとんどは峰岸が仕切っているから、僕は本当に名前だけの判子押し担当だ。しかし思えばかなり濃い三週間だった。連休前に峰岸から顧問を頼まれた時はどうなることかと、正直不安で仕方がなかったけれど、長いようであっという間な時間だ。創立祭が終わる頃には元々の担当教諭、間宮が帰ってくる。そうすれば僕の役目もやっと終わる。

「はい、この話はここまで」

 ごねる生徒達に肩をすくめると、タイミングよくチャイムが鳴り響く。僕はその音と同時にそそくさと教卓の上を片付け、それらを小脇に抱えた。

「じゃぁ、次回は二章から始めます」

 そのまま長居をすると話に巻き込まれ、休憩時間いっぱい引き止められる可能性がある。いまだざわめく教室を、僕は少し急いで後にした。
 

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