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はじまりの恋
すれ違い/10
 三島も峰岸もお互いを見ながら微動だにしない。いきなり緊迫した空気について行けず呆けていれば、峰岸がため息混じりに打たれた頬をさする。

「遠慮ねぇな」

 ポツリと呟き峰岸が小さく笑うと、三島は顔をしかめ息をつく。

「あっちゃんの時もそうだったけど、他人巻き込むなよ。優哉に構って欲しければ本人に言えばいい」

 勢いよく三島に襟首を掴まれた峰岸は、不機嫌そうに目を細め小さく舌打ちをする。

「別に、ここにはちょっと用があって来ただけで。センセがあんまりにも無防備だったから、ついからかいたくなっただけだ。まさか泣くとは思わなかったけどな」

「なっ、泣かせるようなことして開き直るなよ」

 珍しく声を荒げた三島の雰囲気に苛立ちが含まれ、わずかに視線が鋭くなる。けれどそんな三島の剣幕にも面倒くさそうに髪をかきあげ、峰岸は襟首を掴んでいた手を払い除けると、名前を呼ぶ三島を振り返ることなく、その横をゆっくりと通り過ぎていく。
 足音が遠ざかり、開け放たれていた戸が閉まると、三島はなぜか弾かれたように僕へ駆け寄ってきたた。

「西やん大丈夫?」

「え? あぁ、大丈夫だ」

 心配げに覗き込んでくる三島の視線に戸惑いながら、すっかり腰掛けてしまっていた机から下りようとした。途端――。

「西やんっ」

 焦ったように声を上げた三島の腕に落ちた。足に力が入らない。

「うわ、最悪」

 とっさに三島の腕を掴んだ手がずるずると下へ伝い落ち、彼の手首で止まった。そしてしゃがみ込むように膝をついた僕に合わせ、三島も片膝をつく。思っていた以上に精神的に来ていたんだと今更気がついて、情けなくなった。でも、まだ生徒に胸ぐら掴まれ、目の前で拳を握られる方がまだマシだとも思えた。そのくらい別の意味で身の危険を感じた。

「ごめんね、あっちゃんに言われて急いで来たんだけど」

「別に三島が謝ることじゃないだろ」

 先程の勢いはどこへやら、急に落ち込んだ表情を浮かべる三島に苦笑いしてしまう。相変わらず犬みたいな奴だ。耳や尻尾がついていそうで申し訳ないが可愛い。大きな犬が耳を伏せたような錯覚を覚えて、思わずいつものように頭を撫でてしまった。
 昔こんな犬が実家にいたような気がする。

「西やんごめんね」

「だから良いって、こっちこそ悪かったな」

 ぎゅっと抱きしめられて一瞬肩が跳ね上がったが、すがりつくように抱きつかれると、逆にこちらが申し訳なくなってしまう。なだめるように背中を撫でてやれば、ため息と共に肩に頭を乗せられた。

「でもちゃんと注意しておけば良かった。あいつが関わるといっつもロクなことないんだ」

「そうか」

「西やんは元々自分に対する意識が低いから、心配だったんだよ。優哉は優哉でいまなんか色々テンパってるし。俺も気をつけるけど西やんも気をつけて」

「ん、あぁ」

 危機管理能力がないだの意識が低いだの言われるとさすがに微妙な気分だ。そんなに僕は隙だらけなんだろうか。まぁ、鋭いかと言われれば、否と言えるけども、これはこれで少し落ち込む。

「西やんはね、人の感情に敏感なのに、自分が関わることには無関心なんだよ。鈍感とも言えるけど、ちょっと違っててどっかに置き忘れてるのかなぁ」

 こちらの心情を察したように三島が小さく笑った。

「置き忘れてる?」

 なんだか三島は時々難しいことを言う。意味がわからず首を傾げれば、そのうち見つかるよと笑われた。

「さて、今日はもう帰ろうか」

 よいしょと膝に手を置き立ち上がると、三島は僕の手を引く。それに引っ張り上げられるように立ち上がれば、ふらりとしながらもなんとか踏みとどまれた。

「部活は?」

「今日は西やんと一緒に帰りなさいって部長命令」

「片平が」

 ニコニコと笑う三島に無意識に肩が落ちる。ここまで気を使われるのは教師として、いや大人としてどうだろうか。

「寄り道して帰る?」

 俯いた僕を覗き込むように身を屈めた三島の視線と合う。よっぽど彼らの方がしっかりしていて、自分がひどく情けない。

「西やんこれ」

「ん?」

 ふと目の前に紙を一枚差し出された。一瞬それがなにかわからず眉をひそめてしまったが、先程峰岸が置いていったものだ。

「峰岸にはあんまり関わってほしくないけど、優哉もいるし引きうけたら?」

「んー、そうだな」

 差し出された紙を受け取り言葉を濁すと、三島はほんの少し困ったように笑う。

「今はなるべく一緒にいた方が良いと思う」

「三島は、なんだかすごい大人だなぁ」

 普段はニコニコ笑ったのんびりとした姿しか見せないのに。いまは誰よりも落ち着いていていささか驚きを隠せない。

「でもだから三人のバランスがとれてるのかもな」

 三人が幼馴染だと聞いた時はアンバランスだと思ったが、いまならそうは感じない。三島のしっかりしたところが三人のバランスを上手くとっているのだろう。

「あっちゃんと優哉似てるんだよね。でも一番手がかかるのはあぁ見えて優哉なんだよ」

 僕の言葉に目を細め、三島は声を上げて笑った。

「そうか」

 なぜだろう。いま無性に藤堂に会いたい。会って、いつもみたいに笑って、髪を撫でて、抱きしめて欲しい。

「なんか寂しいな」

 気づかないふりをしていた胸にぽっかり空いた穴に、冷たい風が吹き込むような切なさだ。そこになんにもない、それが苦しくて寂しくてたまらない。

「うん、寂しいよね。好きな人に会えないのは」

「好き、か。やっぱり好きなのかな」

 結局、あの日すれ違ったままなんの解決もなくて。会えないと焦れば焦るほど距離が離れていく気がした。それなのに――。

「なんでこんなにはっきりしないだろうな自分は」

 あれだけ片平に指摘されて、あれだけ意識していることを突きつけられて、自分でも、もう気づいてるはずなのに、それでも認めようとはしない。この強情さはなんだろう。

「みんな急かし過ぎなんだよ。もっとゆっくり実感しても良いと思う」

「三島くらいだよ、そんな風に言うのは」

 苦笑した僕に少し困ったように笑って、三島はゆっくりと歩き出す。

「だって西やんは最初から優哉のこと好きでしょ」

「え?」

 戸を引きながら、にこりと笑みを浮かべて振り返った三島に思わず動きが止まる。

「だから傍にいないのが寂しくて仕方ないんでしょ。もっとゆっくり恋愛しても罰は当たらないよ」

 唖然としたまま見つめる僕に三島は小さく笑う。

「……あぁ、そうかもな」

 好きだと言われて初めに追いかけたのは自分だった。それが仕掛けられた罠で、駆け引きだったのだとしても、間違いなく自分は彼に惹かれたのだ。
 そして僕の答えを急くことなく待とうとしてくれていたのは藤堂だった。



「好きだ」

 だからあの日――訳もわからぬまま背を向けられたのが嫌だった。自分を映さないあの目が嫌だった。振り向かないあの背中が嫌だった。抱きしめないあの腕が嫌だった。
 だから認めたくなかった。自分が認めたらなにかが崩れていきそうで怖かった。好きだなんて気がついてしまって、藤堂が戻ってこなかったら?

 誰でも良いわけじゃない。
 笑ってくれるのも、見つめてくれるのも、抱きしめてくれるのも――彼でなければ嫌なのだと、自分でもわかっているから、怖くてたまらなかった。

「藤堂が、好きなんだ」

 ふいに胸の辺りが痛んで、止まっていたものがこぼれ落ちそうになる。
 藤堂が自分のことを本当に想っているかどうかなんて、いまはもうそんなことはどうでもいい。きっと真っ直ぐに彼が自分を見つめたあの瞬間から――。


 もう想いは溢れて、歩き出していた。



 好きだと想う気持ちが心に芽吹くのに、時間などいらなかった。



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あきゅろす。
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