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はじまりの恋
接近/9
 いつもなら迷いなく僕を抱き寄せる藤堂の手は、だらりと力なく下を向いたままだった。しばらく頭を預けたまま僕が目を閉じていると、わずかに藤堂の身体が身じろぐ。

「わからないって言ったら怒りますか」

 沈黙を破り呟いた藤堂の言葉に耳を疑う。

「は?」

 僕は藤堂が発した言葉を理解できず、顔を上げ眉を寄せた。けれど至極真面目な顔をして彼はこちらを見ている。

「いまは、お人好しで少し騙されやすかったり、真面目なくせに大雑把で面倒くさがりだったり、誰よりも生徒に対して真っ直ぐで優しかったり、そんなところが可愛いと思うし、素敵だと思うけど。自分でもわからないんです。先生を、貴方を初めて好きだと思った瞬間……それがなぜなのかわからなかった。気になり始めてから貴方を知りたいと思った」

 言葉を紡ぐたびに藤堂の声が小さくなっていく。いつもは真っ直ぐにこちらを見る目が伏せられて、その目はこちらを見ずにじっと床を見つめる。 

「確かに、いままでほとんど話をしたことないですし、気の迷いだと言われても仕方がないかもしれません」

 でも――俺が貴方を好きだと思う気持ちに、理由は必要ですか。

 ただ気持ちを知りたかっただけなのに、藤堂は傷ついた顔をした。普段はこっちが慌てふためいてしまうほどの余裕を見せる彼が、いまにも折れてしまいそうで、聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか。
 気づくといつも自分は彼にあんな表情にさせてしまう。彼は自分といると不安そうで、寂しそうで、いまにも泣きそうな顔をする。なぜそんな風にいつも不安そうな顔をするんだろうかと、そう思うけれどその理由は見つからなくて、どうしたらいいのかわからなくなる。そしてその表情に自分はひどく弱いのだ。藤堂の顔を思い出すたびに胸が痛い。



「おーい、佐樹? 戻って来い」

 突然耳元で大きな音が響く。
 その音にハッと顔を上げれば両手を合わせこちらを見ている見慣れた顔があった。それに気がつくと、途端に周りの騒がしさが耳に届き始めた。ざわざわと人の話し声がするここは、店は古いが料理が美味い、行きつけの馴染みある居酒屋だ。

「あ、悪い明良、なんだっけ? 聞いてなかった」

「ったく、人のこと呼びつけといてなんだ……って、なんとなく事情は渉から聞いたけどな」

 大ジョッキになみなみと注がれたビールを一気に飲み干し、明良は大袈裟に息を吐きそれをテーブルに戻した。
 九条明良――彼は、僕の中学からの腐れ縁。親友と呼べる友達であり、渉さんを自分に紹介した人物でもある。

「あのやろ、絶対に佐樹は駄目だって言ったのに」

 元からキツイ印象の目を更に細め、ここにはいない渉さんへ明良は悪態を吐く。愚痴愚痴と文句を呟きながら目の前の焼き鳥をくわえ、引き抜いた串を串入れに放り込み明良は手を上げた。

「おーい、こっちに生!」

 顔なじみの店員に明良が手を振ると威勢の良い返事が返ってくる。

「元々明良とおんなじ類だったんだな、渉さんって」

 明良の言葉からようやく理解が出来てきた気がする。眉間を押さえ軽く指先で揉むと僕は大きく息を吐いた。
 この親友は昔から男にしか興味を示さない、いわゆる同性愛者だ。彼のおかげでそれに対する偏見はまったくないのだが、まさか自分が渦中に置かれるとは夢にも思わない。

「あ、そうそう。なんせ出会いがRabbitだからな」

 ビールを持ってきた店員に片手を上げて、受け取ったそれを口にしながら明良がこちらを向く。
 Rabbitとは明良たちが通うBARの名前で、そういった出会いを求めて集まる人がほとんどらしい。一度、ものは試しと、面白半分に連れられて行ったことがあるが、一人では絶対に足は踏み入れることはないだろう。けれど店主は豪快だけれど面白い人だった。

「人のケツを狙いやがったから、逆に喰ったのが出会い?」

 さらりと言った明良の言葉に空いた口が塞がらない。一瞬、不覚にも二人の並ぶ姿を想像してしまい肩が落ちた。渉さんも整った顔立ちをしているが、明良も例に漏れず男らしい精悍な顔立ちをしている。明るい茶色の髪がキツイ印象を与えやすい明良の顔立ちを柔らかく見せていた。
 二人とも見た目が良いだけになんとも言葉に詰まる。

「なんで僕なんだ」

「は? なに、まだ佐樹は自分の見た目気にしてんの」

「悪いか」

 気にするなという方が無理な話だ。いま目の前にいる明良を筆頭に、なぜか自分の周りはやたらと顔のいい男が多い。コンプレックスにならないほうがおかしい。なのになぜ自分がそんなに好かれるのかわからない。

「佐樹みたいなタイプは結構、モテんだよなぁ」

 小さく唸りながらこちらを見る明良に首を傾げると、ため息をつかれた。

「美人が良いとか見た目が可愛い方が良いとか、容姿の重要度も色々あるけど。佐樹みたいな素直で素朴な感じは男女関係なく、案外惚れられやすい。なんか一緒にいて安心すんだよな。それにお前は自分で思ってるよりもずっと可愛いぞ」

「……」

「あ、俺は違うぜ。俺はお前とはずっと友達でいたいし、そういう目で見たことはいままで一度もないからな」

 目を細めた僕に明良は慌てて、ないないと大袈裟なほど手を顔の前で振る。まぁ、今更聞くまでもなくわかっていることだが。
 高校の時にお前とは長く友達として付き合って行きたいからと、衝撃のカミングアウトをされたのだ。あの時の驚きはいまでも忘れない。

「んで、いま悩んでんのは渉か? まぁ、それはないか。あいつのことは眼中ないだろ。やっぱり噂のイケメンくんか」

 あいつは当て馬がせいぜいだと、好き勝手言いながら明良はニヤニヤと笑う。

「んー」

 話を自分に引き戻されて思わず口ごもる。なんと言ったらいいのか、自分でもよくわからないというのが正直なところだ。確かに藤堂のことは気になっているけれど、それだけじゃないというか。

「どんなタイプ? 渉がマジになってるってことはかなりイイ男なんだろ」

「渉さんが、本気?」

「おう、珍しくかなり息巻いてたぜ。諦めろとは言ったけど」

 思い出し笑いをしながらも、興味津々に身体を乗り出してきた明良に眉をひそめる。

「お前、また別れたのか?」

「んーわかる? そうなんだよなぁ。なんでみんな離れていくかな」

 腕組みをし首を傾げる明良に頭が痛くなる。相手がいない時の明良は呆れるほどに遊びが激しい。いま外に関心が向いているのは相手がいない証拠。それでも、恋人が出来ると途端に大人しく一途になる。それは端から見ていて驚くほどに真っ直ぐなのだ。
 しかし、どんなに明良が一途で真っ直ぐでも、なぜか長く続かないのだ。

「エッチの相性が悪いとか? んー、それはやっぱり重要だよな。もう少し俺も修行が必要なのか? 俺の愛は深海より深いんだけどなぁ」

「……明良、もうその話はいい」

 ダラダラと話し出した明良の声に被せ遮ると、一瞬目を丸くして明良がこちらを見る。失恋話を話し出すと色々と長いのがたまにキズだ。それだけ本気だったんだろうから、可哀想といえば可哀想だが、聞いてるこっちは恥ずかしいやら、いたたまれないやらで、複雑な気分になる。

「あ、そうだ。んで、イケメンくんはどんな子な訳?」

 再び明良の興味が藤堂に戻り、初めて止めなきゃ良かったと思ってしまった。残念なほどに相手がいない時の明良は雑食だ。
 

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あきゅろす。
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