はじまりの恋
接近/4
食事をしていて恥ずかしいと思うことは少ない。でもいまはとにかく恥ずかしくて、喉を通る物も味がわからなくなりそうだ。
「そんなに人の顔見てて楽しいか?」
頬杖をつきながら微笑んでいる藤堂を訝しげな目で見ると、それに反して彼はますます頬を緩めて幸せそうに笑う。
「可愛いな、と思って」
唖然とする僕などお構いなしに藤堂は笑みを深くする。
「そう思うのはお前くらいだ」
お前の目は節穴かと、突っ込んでやりたいのは山々だけれど、また嬉々としてなにを言われるかわかったものではない。これからは気をつけますと言っていた割に、藤堂は相も変わらず直球で、まったく気をつけてくれている気配はない。というよりもこれは気をつけようがないのではないか?
恐らくこの藤堂の一挙一動はわざとではないのだと思う。きっとただ素直に感想を口にし、行動をしているのだろう。でもふとした疑問も浮かぶ。
「いや、計算なのか?」
「なにがですか?」
小さな僕の独り言に藤堂が不思議そうに首を傾げる。その表情から真意は読み取れない。
「いや、なんでもない」
藤堂は頭が良い。もしかしたら上手い具合に翻弄されているだけなのかもしれない。けれどそれもまたどこか寂しくも思えた。
「本当に?」
「あ、あぁ」
我ながら直球過ぎても困る、計算だったら寂しいなど我がままにも程がある。
どちらにせよ。この先も心臓には大きく負担がかかるということなのか。心臓に毛が生えるくらいの豪胆さが欲しい。しみじみそう思いながら、僕は藤堂に気づかれないくらいの小さなため息をついた。
「この際どっちでもいいか」
藤堂が笑っているのを見るのは正直、嫌いじゃない。
「やっぱり言った通りだったでしょ? 食べ物を前にすればちゃんとお腹が空くって」
「ん、まぁ、確かに」
注文の前、メニューをパタパタと閉じては開きを繰り返していた僕に、とりあえずなんでも良いから頼んでみろと、藤堂は渋る僕に目を細めた。
そしていま、悔しいことに運ばれてきたランチはほぼ完食しかけている。
「それに一人より二人で食べた方が美味しいですよ」
「……なんか、餌付けされてる気がする」
「ホントにしてあげましょうか?」
「それは遠慮させてくれ」
くるりとフォークに巻かれたパスタの先をこちらに向けて笑う藤堂に、僕は迷うことなく丁重にお断りさせていただいた。そしてそんな僕に藤堂は不服そうな表情を浮かべ、それを自分の口へと運んだ。
「そういえば。藤堂、今日バイトは?」
昼時になり混み始めた店内を見てふと思い出す。飲食店でバイトしているのならば、休日はなにかと忙しいのではないだろうか。けれど藤堂は僕の気持ちを読み取ったかのように優しく微笑んだ。
「あぁ、休みです。日曜日はほとんど休みですね」
「日曜日はって、週にどのくらい出てるんだ」
何気なく言われたその言葉に首を傾げれば、藤堂は一瞬ぴたりと止まり瞬きをする。
「週五日か六日くらい? そういえばあまり気にしてなかった。日曜日以外は休みは決まっていないので」
「お前の朝の弱さは働きすぎじゃないか。サラリーマンじゃあるまいし」
学校へ行ってバイトも週五日はいくらなんでも働きすぎだ。呆れた顔で藤堂を見れば苦笑いを浮かべていた。
「人の心配の前に自分の心配しろよ。学生で過労って笑えないからな」
「先生がそういうなら気をつけます」
眉を寄せた僕に藤堂は小さく笑って肩をすくめる。しかしどこかはぐらかすようなその仕草は、藤堂が持つもう一つの顔を隠す。
いつも柔らかく笑い、感情的になりえない雰囲気を醸し出している藤堂だが、時々表情や言葉や態度の端々に違和感を感じることが多い。たぶん僕には見せない普段の藤堂がそこにはいるんだろう。
「本当か? 実は案外、人のこと言えないくらい無茶するタイプだろ」
「どうでしょう」
「お前は意外と嘘つくの上手いよな」
含みのある言葉を返す藤堂に、呆れた視線を向ければ、ふいに困惑したような表情を浮かべた。
「たとえそうでも、貴方が好きなことだけは嘘じゃないですよ」
「……」
ほんの少し寂しそうに笑った藤堂に、心臓がギュッと鷲掴みされたみたいに痛んだ。軽くからかうつもりで言ったけれど、もしかしたら藤堂を傷つけてしまったかもしれない、そんな後悔が残ってしまった。
「先生、ちゃんと全部食べましたね。偉い偉い」
「……そんなこと褒められても嬉しくない」
ぐるぐると色んなことを考えながら手を動かしていたら、いつの間にか僕は最後の一口を完食し終えていた。するとほぼ同時に藤堂も手を止め、空になった皿を見て満足げに笑う。かなりゆっくり食べていたにもかかわらず、このタイミング。ちらりと藤堂を見ると小さく首を傾げる。
「なんで、かな。もったいない」
思わず出た僕の小さな独り言に藤堂は首をひねる。
ここまで気遣いが出来て、顔も良くて性格……はちょっと意地が悪いところもあるが、おおむね良くて。そんなイイ男がなんで自分なのかと、今更ながらに少し残念に思えてきた。本当に、こんなになんの取り柄もない僕なんかのどこがいいのだろうか。
「なんですか? 人の顔を見てそんな可哀想なものでも見るような目は」
「……なんでもない」
「どうみても、なんでもない顔じゃないですけどね」
眉を寄せた藤堂に僕は小さく息を吐いた。僕が考えても答えは見つからない気がしたので、それ以上考えるのはやめることにした。
「そろそろ行くか」
いまだ納得のいかない表情を浮かべる藤堂を尻目に僕はのんびりと席を立った。
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