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はじまりの恋
接近/3
 しばらく駅前をふらりと歩き、結局手近のカフェに入ることにした。
 店内はそれほど混みあってもなくほっとする。正直騒がしい場所はあまり好きではない。店の奥へ案内され、水とメニューを置いて去っていった店員の背中を見送っていると、藤堂は突然、僕の目の前に置かれたそのメニューを指先で軽く叩いた。
 
「な、なんだ?」

 その仕草の意味がわからず首を傾げれば、藤堂は少し目を細めてこちらをじっと見る。

「いま、とりあえず珈琲でって思ったでしょう?」

 いささか呆れた口調の藤堂がそういった瞬間、口に含んだ水があらぬ場所に入り僕は盛大にむせた。

「大丈夫ですか?」

「だ、だいじょ、ぶ、だ」

 焦ったように立ち上がりかけた藤堂を制して、咳き込みながら何度も頷いてみせると、藤堂は眉を寄せながら渋々といった様子で座りなおした。

「その様子だと図星ですね」

「う、まだあまり腹が減ってないんだよな」

「朝は食べました?」

「いや、朝は食べない」

 藤堂の視線に目をさ迷わせると、ふいにテーブルに置いていた手の上に藤堂の手が重なる。反射的にその手を引こうと力を込めたが、それを押さえ込むようにぎゅっと握られた。

「偏食な上に不規則過ぎるんですよ。着太りするタイプみたいですけど、結構痩せてますよ」

「か、家系だ。うちの家系なんだよ、痩せてんのは」

「だとしてもこの間、抱きしめた時はさすがにちょっとびっくりしました。見た目以上に華奢で折れるかと思いました」

 何気なくさらりと言った藤堂の言葉で一瞬にして顔に熱が集中する。そしてあの日の夜、藤堂に抱きしめられたんだということを鮮明に思い出し、更に頭がくらりとした。

「い、いくらなんでも折れるわけないだろ。一応気にしてるんだからそれ以上は言うな」

 ため息混じりの藤堂をひと睨みして、いまだ握られている手を強く引く。

「いい加減、手を離せ」

 触れられている自分の手のひらが変に汗ばんで気持ち悪い。明らかに顔を赤くさせているだろう僕に対し、すみませんと呟き、藤堂はゆっくりと手を離した。

「低燃費もいいですけど、食べる癖はつけたほうがいいですよ。先生の場合、多分、身体がお腹が空く感覚を忘れてるんですよ」

 心配そうな藤堂の声が聞えるが、もはや僕の耳には届いていない。正直いまは緊張で固まり過ぎて身体が痛い。自由になった手をとっさに引いて、僕は顔を両手で覆い大きく息を吐き出した。

「怒ってます?」

「怒ってない。ただ藤堂のは色々と直球過ぎて、年寄りにはちょっとハードル高すぎる」

 藤堂はなにもかもが変化球もなくストレート過ぎる。確かに下手にあれこれ根回しされても、それはそれで困るのだが。それでもそういう工作をされれば、ちょっとはかわす余裕が生まれそうなものだ。
 でも、彼はその隙さえ与えないくらい――直球だ。そしてそれに対しての免疫が残念ながら僕にはない。そう、これまでの人生の中で、ここまで真っ直ぐ熱烈に、誰かに好かれたことが一度もない。

「迷惑ってことですか?」

 頭を抱えたまま顔を落とした僕に藤堂の気配が強張るのを感じた。こちらの様子を窺うような声に慌てて僕は顔を上げる。

「そうじゃなくて、その、なんていうか……いや、わかる。自分も若い頃はそうだったと思うし、うん、勢いがあったというか。あぁ、そういう話じゃなくて」

 言いたいことがまとまらず勢い任せに髪を両手でかき乱すと、藤堂が微かに息を吐いた。

「頭ではわかってはいるんです。でも、一分でも一秒でも長く傍にいたいですし、俺のこと知って欲しい」

 徐々に小さくなっていく藤堂の声に何故か罪悪感を覚える。けれど、叱られた子供みたいなその表情がほんの少し情けなくて可愛いと思ってしまった。
 だけど――。

「正直に言えば、ずっと貴方に触れていたいです」

 ちょっと可愛いなんて思った瞬間、仔羊は狼に変わった。

「そ、それは、なんていうか、心臓に悪い」

 再び藤堂の言葉にカウンターパンチを食らい、僕はまたがっくりと頭を垂れ俯いた。

「……これからはなるべく気をつけます」

「ん、そうして貰えると助かる」

 早過ぎる鼓動に戸惑いながら僕はメニューを開いた。
 

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あきゅろす。
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