はじまりの恋
告白/10
いくらなんでも意識しすぎだよなこれは、些細なことで過剰に反応しすぎだ。
腰を屈め、僕の顔を覗き込もうとする藤堂から必死で逃れながら、僕は小さく息をついた。
「先生いつもこんな時間に帰るんですか?」
「え? あ、いや今日は少し遅い、かな」
お前のこと考えすぎて残業をして、しかもここに来る為にわざわざ遠回りしてきたとは言えない。
「そうですか」
「なんだ?」
「また今日みたいに時間が合う日があるかと思ったんですけど。難しいですか?」
「あ、あぁ、どうだろう」
曖昧に言葉を濁すと藤堂はじっとこちらを見つめ、ふいに思い立ったように、肩にかけた鞄からなにかを取り出す。
「アドレスとか番号教えてくださいって言ったら怒ります?」
鞄から取り出された携帯電話を開き、藤堂はこちらを窺うように小さく首を傾げる。
「う、うーん」
そんなに寂しそうな目で見るな。
ほんの少し眼鏡の奥にある藤堂の瞳が不安そうに揺れて、不覚にも胸の辺りがぎゅうと締めつけられ、心苦しくなってしまった。どうやら僕は普段の大人びた雰囲気と、少年らしい歳相応な表情のギャップに弱いようだ。
「わかった、わかったからそんな恨めしい目で見るなっ」
耐え切れず、手にしていた鞄から携帯電話を取り出せば、藤堂の顔は途端に花でも咲いたかのように眩しい笑顔に変わる。
「ありがとうございます」
こんな些細なことにも嬉しそうに顔を緩ませる、年相応な藤堂の姿に思わず笑ってしまう。
「けどメールとかマメじゃないし、電話もあんまりしないぞ」
「構いません。バイトが終わったらメールするので、もし時間がまた合いそうだったら返信してください」
「わかった」
なんだ、このくすぐったい感じ。なんとなく忘れてた気持ちが思い起こされるような。ちょっとじんわり胸が温かくなる。
「先生……随分と可愛いストラップつけてますね」
「ん? あぁこれなぁ。ちょっと恥ずかしいんだけど」
細いチェーンとキラキラとした青い石が連なっている僕の携帯ストラップに、藤堂の指先が絡みつく。
「彼女?」
「あ、違う違う。姉さんがこういうの作るの好きらしくて、気が付けば色んなものがくっついてるんだよ。外しても付けられるし、もう諦めた」
そう言って苦笑いを浮かべれば、微かに寄った藤堂の眉間のしわが緩む。明らかにほっとした表情を浮かべる、その様子がなんだかむず痒い。
今更だけどそんな仕草や反応を見ると、本当に藤堂は僕のことが好きなんだなと、思い知らされる。
「先生」
「……ん?」
並び歩いていた藤堂が急に立ち止まった。それを訝しく思い振り返れば、藤堂の手が恭しくこちらへ差し出された。
「ほんの少し先生に、貴方に触れても良いですか?」
「えっ?」
突然で予想もしない藤堂の申し出に、声が上擦り挙動不審になる。慌ただしく辺りを見回してしまう自分が酷く情けない。
「変な意味じゃなくて、ホントに少しだけ、貴方に触れたいんです」
苦笑いを浮かべる藤堂は、僕を怯えさせぬよう優しく手を取ると、壊れものを扱うみたいにそっと髪を梳く。その動きにじっと身構えていれば、ふいに手を引かれ身体を藤堂の胸元に引き寄せられた。
瞬間、ふわりと香った藤堂の匂いになぜか、たまらないくらい胸が苦しくなった。
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