破戒のメロディーを口遊む(土方+山南) 相変わらず苛つく人だと思った。 真面目で、真っ直ぐで、柔軟そうに見えて意外と意地っ張りで。 己とは全く正反対の彼に腹が立ち、そして尊敬している部分も有ったのかもしれない。 「…どうして、戻って来たんだ」 「おや、鬼の副長ともあろう君が不思議な事を云うね」 「はぐらかしてんじゃねぇよサンナンさんっ!」 「気が短いのは相変わらずだね歳」 そうやって笑った山南の顔は、京に来て、対立が激しくなり始めた頃から浮かべていた愛想笑いとは違う、江戸に居た頃に見せていた深くも優しい笑みであった。 それに気づいた土方は、苦し気に、そして切に願う様に言葉を吐く。 「なんでっ…!!どうして戻って来たんだよサンナンさん………っ」 それまで抑えていた感情が堰を切った様に溢れ出す。 追手を総司に任せた。 “総司ならサンナンさんを敢えて見逃すかもしれない”と云う可能性を少なからず願っていた事も自覚している。 「……逃げたかったんじゃ無いのかサンナンさん」 「まぁ、正直な所はね」 「腕は、もう、遣えないんだろ」 「………まぁ、ね」 一瞬、苦しそうに顔を歪めた山南の表情を逃さなかった。 けれども続ける言葉が見当たらなかった。 「私はこのまま居ても、折角君が礎を築いたこの“新撰組”のお荷物となってしまうしね」 「そんな事はっ…」 「無いと言えるのかい歳?」 「っ………」 言えない訳では無い、無いのにそれ以上言葉を繋げる事が出来ない。 山南の瞳が、気配が、全身が土方からの言葉を欲していない。 ただの感覚、だがはっきりと伝わってくる気がした。 「最期に我が侭を云えるのなら、介錯人に、そうだね総司を願いたい」 「………本当に良いのかい、サンナンさん」 「私の覚悟は、君への無粋な手紙を書いたあの頃には既に決まっているよ」 久々に見た穏やかな笑顔は、今の土方にはどんな地獄よりかも苦しいものに思えた。 後書き 『放浪者の〜』の続き設定で山南さん脱走編 土方さんと山南さんの会話がどうしても書きたくて [戻る] |