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悪魔の求婚
1話
ユグドラシル最後の日、ヘマタイトは第七階層で静かに終わりを待って居た。
彼が気の迷いでも起こして会いに来てくれる可能性を抱いていた。淡い期待は既に腐り落ち、肉が腐り、骨が腐り、血を吐きそうな思いだった。ヘマタイトに自覚させる様に、メニュー画面の時刻が告げる。
後、一分もしない内に、ユグドラシルが終わってしまう。最後で在るなら、思い出の詰まったユグドラシルを焼き付けたい。溶岩と神殿を見つめ続けた。
ログアウトしたら、顔を拭かなくてはいけない。きっと目元には水たまりができるのではないかという程に泣き腫らして居るだろう。
(さようなら、ナザリック)
零時を過ぎても、サーバーは落ちなかった。システムダウンには少し時間がかかるのだろう、そう思っていた。
ジュウッと水の蒸発する音がした。熱せられた地面に涙が落ち、水が踊って居る。
「え」
このアバターは泣いているのか?
ユグドラシルにそんな機能はなかった。
しかし、溢れる涙は本物のようで、じっとりと暑さも感じる。
(ユグドラシルがバージョンアップを?
いや?でもこんな感覚を繋げるなど、バージョンアップは法律に違反しないの?)
胸の痛みと同じ様に、手のひらに落ちた水滴が蒸発する感覚は、リアルなものだった。間違いではないとヘマタイトに自覚をさせる。
すっと涙が止まった。胸の痛みも嘘かの様に治る。[ヘマタイトさん!ヘマタイトさん!聞こえますか?モモンガです!]
唐突に伝言がかかる。
[こちら、ヘマタイト。]
[よかった!GMコールとログアウトが効かないんです。
試してもらえませんか?]
[え?はい。試すから待って
……こちらも正常起動しないことを確認しました。]
[そ、そうですか。
あ、アルベドが!NPCが勝手に口を聞いて、何が何だか!]
[お、落ち着いて、モモンガさん。
NPCが動いちゃってるって……
………とりあえず、状況のすり合わせをしましょう。今何処?]
[玉座の間です]
[はい。大丈夫、必ずそちらに行くから。こちらでも状況を確認する]
[わかりました。待ってます!]
落ち着きを取り戻したモモンガは伝言を切った。同時にヘマタイトは歩き出す。
(誰でも良いからNPCと接触しなければ)
探す手間もなく、見覚えがあるオレンジ色の人影を発見した。オレンジ色の人影はヘマタイトが視界を入れる前から丁寧にお辞儀をして居た。
(あれは、デミウルゴス?初手にウルベルトが作ったNPCだ。階層守護者なら居るのは、当たり前だけどさ。
ん?デミウルゴスこっち見ないんだけど??)
頭を下げたまま彼は視線を向けない。
「如何されましたか?ヘマタイト様」
(あ、あれか!!?王様的なあれなのか?!
こっちが許してないから顔をあげてないとかいうやつ?)
デミウルゴスと向き合う形で、足を止める。
(デミウルゴスのスキルは熟知してる。
あんなに熱心に悪魔とは何かと語られたのだ。
大丈夫、デミウルゴスに押されるステータスではない。)
ナザリック全体がモモンガと自分にNPCが全員自分に襲ってきたら、と思うと生唾を飲む。
そんな動揺も、ゆっくりと薄れていった。
「デミウルゴス、顔をあげて」
淡々とした声でヘマタイトは告げた。
「はっ」
彼は言われた通り、顔をあげた。
「GMコールが効かないんだが」
「ヘマタイト様申し訳ありません。
じーえむこーるいうものが無知な私には分かりかねます。
どうか、私にこの失態を払拭する機会を頂けるなら、これ以上まさる喜びはありません」
(まじで口を聞いてくるんだが!?
私もこんなプログラムを追加した覚えもないし
ウルベルトなら私をおちょくる為にやらかすかもしれないけど)
デミウルゴスの細かい仕草を指定するほど、ウルベルトにプログラムスキルがあったかと思えば、無いという結論になる。
(違う、これは本当にデミウルゴスが私に話しかけてる。)
生きて居る様に自然に動くデミウルゴスを見たら、ウルベルトが喜ぶだろうなと思わず、笑みがこぼれた。
「大丈夫、気にしていない。
七階層に変わったことはないか?」
「おお、なんと慈愛にみちたお言葉でしょう!
はい、配下の者たちの見回りは、滞りなく。
皆、ヘマタイト様が、七階層を訪問なさる日を楽しみに待っておりました。
今日も私の自室に寄られるのでしたら、何か飲み物でも用意させましょうか?」
「え”」
思わず、声が出た。独自に彼は考え複雑な返答をした。自分が訪問することを覚えていたという事だ。思考AIとは考えにくい。
更に一般ユーザーが作り出したNPCを公式が作り込む事はない。新たにユグドラシルUのテストプレイを今してるとしても、色々と情報量が多す過ぎる。仮想と現実の区別をさせる為に、ゲームの情報量は制限される筈だ。
「その予定だったけど、今は優先すべきことが起きてしまっている。また今度に伺うから、その時はよろしく」
「不躾な質問をおこなった私をお許し下さい」
「あ、うん。
少しでも異常があれば私に報告を行うように」
恐る恐るリング.オブ.アインズ.ウール.ゴーンを起動した。視界が真っ暗になり、一瞬できらびやかな九階層に移動をした。
(普通に使ったけどさ。)
目の前の玉座の間の扉を見て、物騒な事を考えてみた。そうすると、この扉をどのように体を動かし、スキルを使用すると、破壊出来るかと答えがでてしまう。試していない為、不安が残るけれど、矛盾は感じられない。リアルでは不可能な能力がやる前から納得する自分が居て、先程からどうにかなってしまったのではないかと思う。
重い扉の先には、婿綱な骸骨が豪華絢爛なローブを着て、寂しそうに蹲って居た。
ヘマタイトに気づくなり、姿勢を起こしあげ、こちらに愛想よく手を振る。
「モモンガさん、大丈夫ですか。こんな大変な時に心細い思いをさせてしまいましたね。
大丈夫、私が何があろうとも、モモンガさんは守るから」
「さらっとすごいことを言いますね」
「ふふっ、それくらいさせてくださいね。ギルド長」








モモンガが第六階層に向かい、魔法の実験も兼ねて、アウラとマーレに会いに行った。二人は好意的であり、モモンガに最初は怯えた様子だったが、敬服を払いモモンガに仕えて居る。
ヘマタイトは遠くからそれを眺めて居た。
モモンガが、呪文の実験を始め、結果はどうやら効果は、モモンガの思い通りに発動するようだ。
アウラが侵入者が来ないせいで暇をしていたようなので、スタッフオブアインズウールゴーンで召喚される、炎精霊に、二人を戦わせていた。とても楽しそうにしていると思えた。しかし、それでも二人の百レベには、精霊は叶わなかった。最後には力尽きで、チリの如くに消えていった。
「おや、私が一番乗りでありんすか?」
妖艶な真紅の瞳と陶磁器の様な白い肌。ふわりとボリュームがあるゴスロリ服は、まぎれもなきシャルティアであった。
「ヘマタイト様!あぁ、まさかこのような場所にお休みとは!花嫁たちに何か持って来させましょうかえ?」
気にするなと手を横に振る。
シャルティアはモモンガを一度見てから、こちらに首をたれモモンガの方に向かった。
後から、コキュートス、デミウルゴス、アルベドと続いた。いかんせん、アルベドからの視線が少し痛い気がする。
「では至高の御方に忠義を」
守護者達の挨拶は、もう圧巻の一言である。
それを背景に立つ、うちのギルド長は何処から見ても魔王だった。
「ヘマタイトさん、こちらへ」
モモンガが、ヘマタイトを呼び寄せる。
ヘマタイトはゆっくりと、そちらに向かった。
「ご命令を我が至高なる御身よ。我らの忠誠を全て御身に捧げます」
アルベドは柔らかな品のある笑みでそう告げる。
「表をあげよ。では、…まずは集まってくれたことに感謝しよう」
「感謝なぞ、おやめください。
我ら忠義のみならず、この身を御身に捧げたものたち。当然の至極でございます。
……モモンガ様はお迷いの様子。当然でございます。モモンガ様から見れば私たちの力など取るに足らないものでしょう。
しかしならがら、モモンガ様に下命頂ければ…私たち階層守護者各位、如何なる難行といえど全身全霊を以って遂行いたします」
アルベドはまっすぐとモモンガを見て言い放つ。
なるほど、ヘマタイトは後ろで頷いた。これが、モモンガが変えてしまったというアルベドの好意だ。ひとりの女らしく、愛するものを盲目に見つめる女が居た。
「素晴らしいぞ。守護者達よ。お前たちならば私の目的を理解し、失態なく事を運べると今この瞬間、強く確信した」
モモンガは守護者全員の顔をもう一度見渡した。
「さて、多少意味が不明瞭な点があるかも知れないが、心して聞いて欲しい。現在、ナザリック地下大墳墓は原因不明かつ不測の事態に巻き込まれていると思われる」
守護者各員の顔は真剣で、その一言一言漏らす事のないようにしている。
「何が、原因でこの事態が誘発されたかは不明だが、最低でもナザリック地下大墳墓がかつてあった沼地から草原へと転移したことは間違いが無い。この異常事態について、何か前兆など思い当たる点がある者はいるか?」
アルベドがゆっくりと肩越しに各階層守護者の顔を見据える。全員の顔に浮かんだ返事を受けとり、口を開く。
「いえ、申し訳ありませんが私達に思い当たる点は何もございません」
「では次に各階層守護者に聞きたい。自らの階層で何か特別な異常事態が発生した者はいるか?」
「第七階層に異常はございません」
「第六階層もです」「は、はい。お姉ちゃんの言うとおり、です」
「第五階層モ同様デス」
「第一階層から第三階層まで異常はありんせんでありんした」
「──モモンガ様、早急に第四、八階層の 調査を開始したいと思います」
「ではその件はアルベドに任せるが、八階層は注意をしていけ。もしあそこで非常事態が発生していた場合、お前では対処出来ない場合がある」
了解の意として深く頭を下げたアルベドに続き、シャルティアが声を発する。
「では地表部分はわたしが」 「いやすでにセバスに地表を捜索させている最中だ」
モモンガが言い放つと守護者の動揺が見て取れた。
ヘマタイトに与えられた役割は、わずかな異変も見逃さず、モモンガを守ることである。ここに今、100レベに至った守護者達が全員牙を向けてきたら、流石にたっち・みーでなければ、勝つことはほとんど出来ない。
そんな不安が、溢れてくるはずなのに、心は静かな深海にいるかのように落ち着いている。
「時間的にはそろそろなのだが……」
小走りで向かってくるセバスの姿をモモンガは発見する。姿を見せたセバスはモモンガの元まで来ると、ほかの守護者同様ゆっくりと片膝をついた。
「モモンガ様、遅くなり誠に申し訳ありません」
「いや、構わん。それより周辺の状況を聞かせてくれないか?」
セバスから地上の情報の報告には、普通の草原と夜空が広がっているという。
ヘマタイトは興味深いと思った。自らは土のある地面を歩いたことがない。一度見て感じて堪能したいという好奇心が出てきて、しっぽが左右に揺れる。もはやここはユグドラシルではなく別の場所だと納得せざる負えなかった。
モモンガは守護者たちに警戒を呼びかける。
「ヘマタイトさんからはなにかありますか?」
守護者たちが息を飲むのを感じた。
「防衛システム確認は、先程の内容でいいと思う」
ナザリックに土をかけて、上空に幻術をかけるのも現状ではそれしかない。
「さて、今日はこれで解散だ。各員、休息に入り、それから行動を開始せよ。どの程度で一段階つくか不明である以上、決して無理をするな」
守護者各員が一斉に頭を下げ、了解の意を示す。
「最後に各階層守護者に聞きたいことがある。まずはシャルティア──お前にとっての私は一体どのような人物だ」
「モモンガ様は美の結晶。まさにこの世界で最も美しいお方であります。その白きお体と比べれば、宝石すらも見劣りしてしまいます」
「──コキュートス」
「守護者各員ヨリモ強者デアリ、マサニナザリック地下大墳墓ノ絶対ナル支配者ニ相応シキ方カト」
「───アウラ」
「慈悲深く、深い配慮に優れたお方です」
「────マーレ」
「す、凄く優しい方だと思います」
「─────デミウルゴス」
「賢明な判断力と、瞬時に実行される行動力も有された方。まさに端倪すべからざる、という言葉が相応しきお方です」
「──────セバス」
「至高の方々の総括に就任されていた方。そして最後まで私達を見放さず残っていただけた慈悲深き方です」
「最後になったが、アルベド」
「至高の方々の最高責任者であり、私どもの最高の主人であります。そして私の愛しいお方です」
一斉に全員がなんの躊躇もなくそう答えた。
後ろから見るモモンガさんの背中は、重圧に踏み潰されそうに見えた。
「……なるほど。各員の考えは十分に理解した。それでは私の仲間達が担当していた執務の一部まで、お前達を信頼し委ねる。今後とも忠義に励め」
再び大きく頭を下げ、拝謁の姿勢をとった守護者達の元からモモンガは転移する事で移動する。
瞬時に視界が変化し、闘技場からゴーレムが並ぶレメゲトンへと変わった。周囲を見渡し、誰もいないことを確認するとモモンガは大きく息を吐いた。
「疲れた……」
肉体的な疲労は一切無いが、心の疲労の様なものが肩にのしかかる。
「……あいつら……え、何あの高評価」
「全くの別人だろ。 」、と乾いた笑い声を上げ、それからモモンガは頭を振った。
冗談を言っている表情でも雰囲気でもない。
「お疲れ様。モモンガさん」
アドリブもあったが、打ち合わせ通りに進んだ。
「ヘマタイトさんも助けてくださぃよぉ」
今にも消えそうな声で言う。
「助けますよ。でも、最初だけは彼らに威厳を示さないとぶすっ!とやられるかもですもん。
命令追加で、自室には、人払いをかけるように言ってください。おちおち話もできません」
「わかりました。俺から言っておきます。
あとはアイテムをいくつか起動の確認をしようかと思いますけど
ヘマタイトさんはどうしますか?」
「とりあえず、自室の確認をして、守護者以外のNPCの確認ですね」

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