お手紙2 がちゃり。 鍵穴に鍵を入れ、回す。 部屋のドアが施錠された。 「はぁ…」 またかよ。 最近ちょっと多くないか。 ため息を吐きながらもう一度、今度は反対方向に鍵を回し、今度こそドアの開錠に成功。 玄関には、思った通り。 俺より一回り大きいサイズの靴があった。 廊下の突き当たり、 リビングから漏れる灯り。 廊下とリビングを隔てるドアを突き抜け漂ってくるのは、空腹に染みる美味しそうな匂い。 ぐぅ、とお腹が鳴った。 まぁ、そりゃあ、ね。 帰った時に晩ごはんが出来てるってこの状況、悪い気はしないさ。 だけどさ。 恋人でもないのに、色々通り越してもはや新婚生活みたいになってしまっているのはやっぱり、どうかと思うんだ。 新婚生活、か。 この場合って、 高野さんが奥さんってことになるのか…? こわい、こわすぎるよ! って、なに考えてんだよ俺。 冷静になれよ、 冷静、に。 ガチャリ。 ドアを開けると、キッチンは予想どおりの光景があった。 コトコト暴れる鍋の蓋と。 側で腕を組みお玉をもって、シンクに寄りかかる一人の男。 うん。 いつ見ても、お玉と腰エプロンが似合ってますね。 「やっと帰ってきたか」 洗濯やってもまだ帰ってこないから、もう一品増やしちゃったじゃねぇか、と。 指差された方向には、几帳面に等間隔に干された俺の服や下着たち。 なんだよ。 あんた、俺のお母さんかよ。 そうなんだ。 俺の上司であり、隣人であり、初恋の相手であるこの男、高野政宗。旧姓嵯峨政宗は。 前回の引越し騒動で入手した俺の部屋の合鍵を多様し、連日のように不法侵入するようになったのである。 しかも。 何をとち狂ったのかこの男、どうにも高そうなペアのグラスや皿を勝手にコレクションしはじめたのだ。 今まさにそんな皿の一つに手が伸ばされ、 出来たての煮物らしきものが盛り付けられている。 俺もあわてて、ジャーから2人分のご飯をよそったり、箸やコップを準備したりする。 「ほら、座れ。食べるぞ」 先にソファでスタンバイした高野さんが。 空いたとなりをポン、と叩いた。 うう。 そんなことされたら、逆に座りにくいじゃないか。 「は、はい…」 そっと。 出来るだけ高野さんから距離をおくように、端に腰掛ける。 「…おい、」 「う、わっ」 肩に手を回され、引き寄せられる。 「そんな端じゃ、食べにくいだろ」 肩が、膝が、当たる距離。 近い、近いよ! なんかへんな汗かいてかいてきた俺をよそに。 「いただきます」 「いっ、いただき、ます」 両手を合わせて律儀に言う高野さんに習った。 「……」 箸をとり、味噌汁の入った椀に口をつける高野さん。 それにしても。 いつ見ても上品に食べるんだよなぁ、高野さん。 「どうした?」 「あ、いえ」 高野さんを見てました、なんて言えるわけもなく。 何でもないです、と返しそそくさと箸を持って食事にかかる。 そして。 豆腐と揚げの味噌汁を口に含んだ瞬間に訪れる、この幸福感。 あぁ、 俺、ほんと日本人でよかった。 口の中に残る後味に浸りながら、ほこほこしていると。 「ほんと」 「作りがいある顔して食べるよな、お前」 み、見られてた! 急に恥ずかしくなってきて、高野さんの視線から逃れるべく俯く。 しょ、しょうがないじゃないか。 美味しいものは、美味しいんだよっ。 ほんとに、 このホッケの姿焼きも、ごぼうと鶏肉の煮物も、大根サラダも、どれも本当においしい。 あんまりにも、 美味しくて。 「……、」 本当は、 お礼を言うべきだろう。 これだけ美味しいもの作ってもらって、洗濯までしてもらって。 あげく俺は、高野さんになんにもしてないし。 だけど。 それを言ってしまったら。 お礼を言うってことは。 俺はこの現状を。 高野さんの不法侵入を。 容認してしまうことになるわけで。 そう。 俺はいま、迷っていたりする。 この中途半端な状況を、 俺は一体どうしたらいいんだろうか。 [*←][→#] [戻る] |