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世界一19
いつ瞑ったかさえもわからない目を、あける。
そこには前も知れないような暗闇があって。
視覚からの情報がないとなると、
必然的にその他の感覚が鋭敏になる。
全身を襲う猛烈な気だるさと、
あらぬところの絶えない鈍痛。
この2つだけが、
今の俺を支配する全てであり、
俺に起こったことのすべてを、物語っていた。
そうか。
おれ、
気絶、したのか。
なんとなく自分の状況がわかって、
ゆるゆると覚醒しはじめた頭で。
真っ先にかんがえたこと。
そうだよ。
俺、
こんなことしてる場合じゃない。
「…帰らなきゃ」
それはもはや、
俺にとってお守りのような言葉になりつつあった。
どんなにひどい事を強いられても、
身体をぼろぼろにされても。
俺には帰る場所があって、
俺を待ってくれている人がいる。
それってすごく心強いことで。
ここまでのおよそ3週間。
俺が壊れないでいられたの、は。
きっと。
再び意識を混濁させようとする倦怠感によく言い聞かせる。
何はともあれ。
取りあえず起き上がろう。
そう、
思って行動に移したとき、だった。
「どこに帰るんだ?」
自分ひとりしかいないと思ってた空間に響く、
もうひとりの人間の肉声。
それは、
ここにいる筈のない人の、声で。
「た…」
「たかの、さん…?」
なんで。
なんであんた、こんなところに。
いるんだよ。
いや。
あんたが、
というか。
むしろ。
この暗闇は、
俺は、
一体どこにいるんだろう。
なんで。
なんで。
頭の上にある俺の手首が、
硬い感触にじゃまされてうごかせない、の。
周りが見えない。
両手の自由が利かない。
自分の置かれている状況を、
正確に認識した瞬間。
本能的な恐怖が、
肌の粟立ちとして全身に拡散していくのを。
文字通り身をもって感じているところ、に。
ぎしり、
木の軋む音がして。
混乱と焦燥のなかにいる俺へと、
一歩いっぽ近づいてくる足音。
「答えろ、律」
「お前はどこに、帰るつもりなんだ?」
くりかえされる質問。
きっとそれだけ、
高野さんにとっては重要な質問。
わからないことが多すぎるこの状況でも、
多分これだけは確かなことで。
だけど。
「俺の、家に…」
考えてもかんがえても、
なにが正解なのかがわからなくて。
結局は、
思ったままのことを言って終わった。
まぁ、
実際のところ。
俺はずっと自分の家に帰るつもりだったわけで、
帰りたいと、
思っていたわけだから。
こんな答えになってもしょうがない、だろう。
「お前の家、ねぇ」
さっきより、
ずっと近い距離から聞こえる声。
まるで嘲笑しているようなそれに、
高野さんの。
考えてることが、
まるでわからない。
ばさり。
静かな部屋に、
衣擦れの音が大きく耳元に響く。
体温が伝わるほどの近い距離。
身体のところどころに感じる重さ、に。
高野さんが、
おれに覆いかぶさってきたのを、感じて。
「…帰らせたりなんかしない」
低く、
頭上から降ってきたことばは。
重く、
重力のように。
俺の脳みそを圧迫し、混乱させる。
「どこにも行かせない」
鼓膜をふるわせ、
浸透しつづける高野さんの音。
追いつかない理解。
追いつかない、
高野さんに、
全然おいつけない。
いつからこんなに遠ざかってた?
いつから、
こんなにすれ違ってた?
いまこんなに近くにいるはずのおれと、高野さん。
確かにそこにいるのに。
いまの俺には、
高野さんのかおを見ることすら、できない。
暗闇の中。
探るように布を這う高野さんの、
手が、
俺の手首に。
俺の手首を戒める硬質なそれに、触れる。
「もうお前を、」
「この部屋から一歩も出さない」

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