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世界一16
「そこに座って」
言われるままに、
言われたところに腰掛ける。
ぎしり、
ベッドがひとつ鳴いて文句をいう。
自分のものではないベッド。
自分のものではない寝室。
今まで何回この寝室を見てきただろう。
あと何回、
見ることになるんだろうか。
見納める日は、来るんだろうか。
そんなこと。
考えてたのは、
最初の3日くらいだった。
毎日、
まいにち。
何されるかわかってて、
それでも通い続けて。
重ねる日数に比例するように薄くなってく真っ黒い痣。
あれだけ痛かったのにもう跡形もない。
跡形も、
なくなったものの為に、俺は。
「高野さんを、」
いちばん考えたくなくて、
ずっと考えてた人の名前が聞こえて。
箱の中をまさぐる美濃さんに、
合わせるように服のボタンを外していた手が、止まる。
「選ぶんじゃないか、って思ったよ」
それは、
出来なかった。
させる気なんて、更々なかったくせに。
なんでそんなこと言うんだ。
なんで今更。
人が、
必死に頭から離そうとしてることを。
蒸し返すみたいなこと。
そんなこと、されたら。
「…何で、」
今まで必死に抑えていた気持ちが、
溢れ出す。
溢れてしま、う。
「何で俺、なんですか」
慣れることはなかった。
ずっと、
ずっと嫌だった。
気持ち悪かった、その行為を。
さも合意のものであるかのように、
受け入れて。
好きなように、
玩具みたいに、されて。
だけど。
「誰でもいいんでしょう」
美濃さんにとっては、
趣味で、
暇つぶし。
それ以上の意味なんてないし、
その相手は誰だっていい。
それだけのこと。
ただ、
それだけことの為に。
俺の時間が、
高野さんとの時間が、なくなった。
高野さんに、
数え切れないほどの嘘を、重ねた。
俺の生活が、
俺自身が、
掻き乱され、
めちゃくちゃに、なった。
それなのに。
「美濃さんにとっては、」
「好きに遊べる相手なら、誰でもよかったんでしょう!」
言ってしまった。
ずっと奥底に仕舞ってた、こと。
言葉にした瞬間から。
ざくざく刺さる。
切り裂かれる、
こころが。
ずたずたに、なっていく。
気づきたくなかった。
認めたくなかった。
自分のしてきたことが、
あれだけ耐えてきたことが、
全部。
ぜんぶ無意味なことだった、なんて。
思いたくなかったのに。
「…そうだね」
少しの間の後の、肯定。
わかってるつもりでも。
いざ肯定されると。
目の前が真っ暗に、なるような。
そんな。
言いようのない感覚に襲われそうに。
なっていたところ、で。
「これでも一応、ね」
「自分のやってることは、ちゃんと自覚してるつもりだよ」
それは。
美濃さんの口から、
紡がれる筈のない言葉。
聞き間違いかと、
何の間違いかと。
呆然とさえする俺を他所に、
玩具片手に立ち上がった美濃さん、が。
「誰でもいいわけ、ないでしょう」
ゆっくり、
ゆっくりと、近づいてくる。
それはいつものこと。
狂って汚れきった行為がはじまる合図の、それ。
それだけの意味しかもたなかったのに。
ベッドサイドに玩具を置く美濃さんの、
腕が、
背に回される。
まるで抱きしめるみたいな。
「はなして、ください」
それがこわくて。
いつもと違う雰囲気の美濃さんが、こわくて。
身をよじって逃れようとしたら。
いっそう強まる拘束。
「美濃、さん!」
「律っちゃんが欲しい」
いつも。
にこにこ笑って、
本心を隠すことしかしなかった美濃さんが。
初めて見せた、
おそらく本心からのことば、は。
「律っちゃんが、」
「誰を好きでも構わないよ」
律っちゃんが僕のものになるなら、と。
それは。
いつもの冗談だと、
俺を掻き乱す嘘だと。
思うにはあまりに切実な響き、で。
聞くんじゃなかった。
聞いちゃいけなかった。
だって俺は美濃さんの気持ちを受け入れられない。
受け入れられやしない、のに。
俺が高野さんが好きであればあるほど、
俺は美濃さんのものにならざるをえない。
そこに心は伴わないのに。
「そん、な…」
どうして。
どうしてこんな、ことに。
なっちゃったんだろう。
だって。
こんなの、
誰も報われない。
誰も報われやしない、じゃないか。

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