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くま7
あれから。
フラフラな高野さんをなんとか部屋に押し込み、自分の部屋に戻った俺は夜通し荷物をダンボールに詰める作業をした。
幸いと言っていいのかは何とも言えないところだけど。
引っ越したばかりのこの部屋にはまだ最低限の荷物しかなかったから、一晩あれば十分詰め切ってしまえる量だった。
しいて言うなら大量の本に泣かされたくらい。
この本達は俺にとって宝物な訳だけど、集結したときの重さは尋常じゃないから。
昨日箱に詰めた時だって、持ち上げた瞬間に底をぶち抜いてくれたことがいったい何回あったことか。
まぁ、そんな手のかかるところも愛着がわくポイントだったりするんだけど。
そんなこんながあったりして。
今日は一睡もしていなかったりするんだけれど。
やることがあるくらいで丁度よかったと思ってる。
何かをしていたかった。
何かに没頭して、このもやもやした気持ちを紛らわせたかった。
自分でもおかしいとは思う。
ようやく此処から離れることができるのに。
高野さんから、離れられるのに。
もっとこう、それこそ清々しい気持ちになったっていいだろうに。
昨日のせいだ。
昨日あんなことがあったばかりだから。
引越しっていう不安もあって、少しだけ心がざわついているだけなんだろう。
今日を越えてしまえばきっと落ち着く。
落ち着く筈なんだ。
窓から差し込む朝日が、角度を変え昼の日差しへと様変わりしていく。
時計はもうダンボールに詰めてしまったから、携帯で時間を確認する。
うん。
もうそろそろ、運送業者の人が来る頃だ。
ややしばらくしてピンポーンと来客の知らせがあり。
運送業者の人と軽く打ち合わせをして、本格的な荷出しが始まった。
運送業者さんは流石はプロ、といった所で。
たった3〜4人の手によって部屋の荷物がみるみる運び出されていく。
昨日俺が散々苦戦した本達が入ったダンボールだって。
「うわ、これ凄く重たいですね。何が入ってるんですか?」
なんて言いながら2〜3箱をいっぺんに重ねて運んでいってしまった。
本当に、ただ感心するばかりだ。
俺には絶対に向かない業種だな、と思い、完全にモヤシ体型の非力な自分に少し絶望したりしているうちに。
俺の部屋は。
俺の部屋だった場所は、昼頃には完全に箱だけ状態になった。
運送業者さんも少しお昼休みをとるということで、次は2時から引っ越し先での作業を開始することになった。
壊れものや必要なものだけ詰まったボストンバッグを肩に下げ、部屋を見渡す。
これでこの部屋を見るのも最後だろう。
短い期間ではあったけれども、それでも俺の生活と安心を支えてくれたこの部屋に思い入れがないといえば嘘になる。
目を瞑り、少し考えを巡らせる。
浮かんだのは。
皮肉なことに、今一番離れたいと思っている人の顔だった。
いけない。
今はそれは、考えないって決めたんだろう。
考えを振り切るように勢い良く立ち上がり、玄関で靴を履いた。
ドアを開け、閉める前にもう一度だけ振り返る。
戻る事のないその部屋を最後に目に焼き付けて。
「ありがとうございました」
部屋に向かって頭を下げた。
これで
本当に最後だ。
たっぷり時間をかけ、礼をする。
ゆっくりと顔をあげた。
「どういうことだ」
突如、背後から降ってきた声に体が固まる。
どうして。
どうしてここにいるんだよ。
アンタ今、会社にいる時間だろう。
会いたくなかった。
今この瞬間、たった一人だけに会いたくないという願いすら、叶わないなんて。
「たかの、さん」
カラカラに渇いた喉で必死に紡ぐ。
出てきた言葉は、高野さんの名前だけだった。

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