[通常モード] [URL送信]
世界一12
1201号室のノブを、
音を立てないように慎重に回してみたら鍵が掛かっていた。
今日はこっちじゃないのか、それとも。
まぁ、
自分の部屋に行けばわかることだ。
隣の自室へと足を運び、
同じようにノブを回してみる。
こちらも同様に鍵が掛かっていた。
つまり、そういうこと。
それは、
わかるんだけど。
てっきり部屋で待ち伏せされてると思ってたもんだから、
なんだか少し拍子抜けしつつ。
鞄の中をまさぐり鍵を捜索する。
帰ってきてこんなことしてるの、何時ぶりだろうか。
「ただいま」
誰もいないとわかっていても、
律儀にそう言って入った真っ暗な室内。
もうずっと体験してなかったその光景は。
何時だかと同じような、
言い知れぬ感情を俺に抱かせた。
それが。
無闇に破裂してしまわないうちに電気をつける。
同じように居間にも灯りを灯し。
壁掛け時計に目をやればもう3時を回っていた。
あぁ、またか。
修羅場の周期でもないのにこの生活。
そろそろ見直さないと。
見直せたら、
いいんだけどね。
「はぁ…」
ただでさえここのところその存在を疑いつつある幸福を、
深い溜め息で逃しながら。
とりあえずソファに向かいかけた時、だった。
「あ…」
ローテーブルの上に、
ラップのかかった皿が幾つかある。
その中の、
一際大きい皿の上。
近寄って拾ってみたらそれは、
ちいさなメモ紙、だった。
「えっと…」
安っぽい紙に似合わぬ達筆な文字で、
すらすら書かれた文字。

『帰ってくる様子はないし、
 部屋でやることがあるから先に戻る。
 冷めてるようなら温めて食え。
 それと。
 遅くなる時は、連絡しろ。』

遊んで、
道草くって遅くなったわけじゃない。
だけど。
普段なら絶対待ち伏せして、
嫌みのひとつ言うだろう高野さんが。
こんな抽象的な書き置きして、
自分の部屋に籠ってるのは。
美濃さんのカバーに回り仕事がはかどらない俺のカバーを、
高野さんがしてるから、だ。
俺のせいで怪我した美濃さん。
俺のせいで、
仕事を抱えこむ羽目になった高野さん。
どっちも被害者で、
加害者は、
俺じゃない。
俺じゃないけど。
「俺がいる、から…?」
それは。
ことばにしたら単純なもので。
簡潔すぎるその結論は、
理解をするまでもなく、
じわり、
じわり。
くろい染みをつくっていく。
だってそうだろ。
どこにも否定する要素がない。
俺がいなければ、
横澤さんが人を殴ることはなかった。
美濃さんの異常な性癖が表に出ることはなかった。
高野さんが。
こんなにも俺に振り回されることは、なかった。
「冷凍、しなきゃ」
思考の海に沈みそうになるのを、
違うことをして紛らわそうと。
高野さんの晩御飯を冷凍することにした。
作ってもらっておいて申し訳ないけれど、
とても食べられる気分じゃなかった。
両手に持ちきれない皿を、
2回に分けて台所に運ぼうと。
とりあえず2皿持って何歩か歩く。
「う、わっ!」
空気清浄器のコードに足を引っかけ、
盛大に横転する。
庇いきれなかった皿が数メートル飛び、
がしゃん、
嫌な音を立て着地した。
恐る恐る近づいてみると。
粉々に割れた皿と、
ない交ぜになった高野さんの料理。
せっかく。
作ってくれたのに。
いつか食べることさえできなくなった。
それを。
俺がつくった惨状を。
クリーンにすべくしゃがんで。
ひとつ、
またひとつ、拾い上げ。
比較的大きめの欠片の中へと。
集めながら。
「…ごめんなさい」
今はここにいない人の顔を。
今この瞬間、
一番会いたいと。
思ってしまった人の顔を、思い浮かべ。
「ごめん、なさ…ぃ」
懺悔したらもう、
駄目だった。
堪えてた感情が、
行き着いた結論が。
じりじりとこころを焼いて、
涙腺を崩壊させて。
ぼたぼた、
音を立てて床に染みていく。
今更だ。
今更、なんだ。
何人もの人間の人生を掻き乱し、
道を外させた俺が。
これから毎日のように、
裏切るような行為を重ねていくだろう俺が。
会いたいと。
抱き締められたいと。
キスしてほしい、と。
思うことが、
どんなに罪深いことか。
どこで間違った?
いつから、間違えてた?
いつから、
だったんだろう。
いつの間にか俺は、
あの人を。
高野さん、を。
「す、き…」
言葉にすれば、
たった2文字。
それを口にするのがこんなにも切なくて、
胸が握り潰されるみたいに苦しい。
「すき、です…たかのさ…っ」
俺は、
いつの間にか、こんなにも。
高野さんを好きになってしまっていた。

[*←][→#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!