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世界一7
お邪魔します。
そう言って、
おそるおそる上がった。
美濃さんの部屋は。
とてもシンプルで、
すごく物が少なそうな印象だった。
たぶん、
余計な物を置かない主義なんだろう。
そんな、
どこか殺風景にも感じる部屋の中、
通された居間で。
黒い皮のソファを勧められ、
素直に従い腰かけると。
「あ、ちょっと待っててね」
そう言って。
部屋の奥へ消えていった美濃さん。
手持ちぶさたに膝上の鞄を抱きしめ、
目下のガラステーブルを見つめていると。
カチャカチャ。
作業をしている音が、
居間まで聞こえてきた。
慌てて俺もそっちへ向かってみると。
「美濃さん、俺がやります!」
思った通り。
不自由な片手で紅茶を用意していた美濃さんに、
慌てて手を貸そうと。
するけれど。
「大丈夫。このくらい出来るよ」
できることは自分でやらないと、
こっちの手まで退化しちゃうからねぇ、と。
やんわりとした口調とは、
裏腹なその言葉に。
美濃さんという人の人間性が、
垣間見えたような気がした。
今日1日一緒に過ごして、わかった。
この人は。
多分すごく、
自分に厳しい人だ。
そうであるならば。
「えっと、じゃあ…」
「運ぶ時は、任せて下さいね」
本当に無理なことだけ、
手伝わせてもらえばいい。
「そうだね。お願いしちゃおうかな」
意図が通じたんだろう。
俺の言葉に、
満足そうに笑んだ美濃さん。
それは。
あんまりにもいつものままの美濃さん、だった。
昨日のあの時間が、
昨日のあの言葉が、
勘違いだったんじゃないかって。
思ってしまうほどに。
ぼこ、
ぼこ。
沸騰音につられ電気ケトルを見る。
そのタイミングで、
ランプの色が赤から青に変わった。
丁度お湯が沸いたみたいだ。
ティーポットに湯を注ぐべく、
コードを外しにかかる美濃さんの正面。
頭より少し高い位置に備え付けられた戸棚の、
取っ手につけられたS字フック。
そこから吊り下げられたシルバーの、
「それ…」
俺の視線を追った美濃さんが、
同じものに行き着くと。
「わかる?僕、このメーカー好きなんだ」
ちょっと値は張るけど、
素材の味が凄く生きるんだよねぇ、と。
辺りに花を散らす勢いでテンションを上げた美濃さんが、
嬉々として語る。
それが。
その、
シルバーのフライパンが。
「えっと…律っちゃん?」
この間、
おれが全力で焦がした。
高野さんのフライパンに、見える。
ていうか、
めちゃくちゃおんなじやつ、じゃん。
急に押し黙った俺を、
不思議そうに覗き込む美濃さんに。
すがるように、
絞り出した。
「美濃さん、」
「フライパンの焦げを落とす方法を、知りませんか…?」
知らなかった。
思いもよらなかった。
だってそうだろう。
料理の初心者の練習に使わせるようなフライパンが。
例のごとく、
おもいっきり焦がしたフライパン、が。
まさか。
そんなに高級なものだったなんて。

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あきゅろす。
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