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世界一5
その日。
俺にとっての翌日。
「おはよーございます」
ある人の登場によって。
朝のエメラルド編集部にどよめきが起こった。
「おはよ…おわっ!美濃さんなしたの!」
木佐さんの声を合図に、
編集部全員の視線が美濃さんに注がれる。
つい昨日から。
少しばかり気まずさを感じてる俺も、
この時ばかりは例から外れることはなく。
声につられるようにして美濃さんの方を見た。
「っ、!」
そこには。
包帯でぐるぐる巻きの左腕を吊り、
額にも大きな絆創膏をつけた。
かなり痛々しい姿の美濃さんがいた。
「うーん、親父狩り?」
にこにこ。
その人好きされる笑顔に、
似合わぬ単語が飛び出して。
一瞬にしてフロアが凍りついた。
「ごめんごめん、冗談だよ」
昨日の帰り道。
なんだか色んなところを打ち付けながら、
激しく転んでしまった美濃さんは。
それでも気にせず歩いてたところを。
通りすがりの親切なおじさんに捕まって、
そのまま病院へ連行されてしまったのだ、と。
その独特の柔らかな調子で話し、
すっかり場の空気を和ませる。
「………」
けれど。
俺は知っている。
美濃さんの話す内容は、
少なくとも前半部分が嘘で塗り固められている、ってことを。
だってそうだろ。
美濃さんのその怪我、は。
「何の騒ぎだ」
ついたての向こう側から、
沢山の書類を抱え現れた高野さんは。
直ぐ様いつもと違うエメ編の様子を察知した。
そして数刻置かないうちに。
その騒ぎの中心人物を特定し、
いち速く状況を把握する。
「メールもらってはいたけど、本当に痛々しいな。大丈夫か?」
「うん、見た目ほど痛くはないよ。すいません、ご迷惑おかけします」
高野さんには事前にメールが届いていたようで。
美濃さんの怪我は、
全治4週間ほどの骨折らしかった。
利き手が無事だったとは言え、
編集部の仕事は予想以上にかなり手を使うものが多く。
そのため朝のミーティングでは、
もっぱら美濃さんの仕事をカバーする役割分担について話し合うことになった。
「もう知ってるとは思うが、美濃はしばらく左手が不自由だ。だから…」
しばらくの間、皆で協力して乗り気ってほしい、と。
高野さんが言うまでもなく、
それは皆が考えていたことだった。
「デジタル入稿の場合はマウスの操作くらいだからいいとして…問題は写植だね」
真っ先に指摘したのは木佐さんだった。
木佐さんの言う通り。
真っ直ぐに切るのもさることながら、
曲がらずに貼る微妙な調整はやっぱり両手がないと厳しいので。
「美濃の担当してる作家でアナログ入稿は確か2人だったな…羽鳥、写植を頼む」
「わかりました」
写植の達人と言えば羽鳥さん。
ということで、
アナログ入稿の仕上げは羽鳥さんの担当となった。
担当の決まった羽鳥さんが、
新たな問題を提起する。
「あまり長い文章を打つのも、片手だと厳しいところがあるな」
確かに。
企画書などならまだしも、
文章が中心となる書類を作るのは厳しいだろう。
「そうだな…」
次なる分担を思案する。
高野さんをはじめとする皆の視線が、
一点に集中した。
え、
俺?
「見えないタイピング…」
「適任、だな」
口々に。
予想だにしない言葉が飛び出す。
「よし小野寺。お前はパソコン係りだ」
「だね」
「よろしくね」
えええ。
なにその小学校みたいなネーミング!
戸惑う俺を尻目に、
話は次へと進んでいた。
「で、残った俺は何をしたらいいの?」
最後まで役割のあたらなかった木佐さんは。
少しキラキラした目で高野さんを見た。
うわぁ、
無邪気な視線だなぁ。
「お前は…」
そうだな、と。
暫く思案した高野さんは。
「雑用、だな」
その瞬間。
あからさまに落胆した木佐さんの顔を見て。
一生懸命パソコン係りを頑張ろうと、
心に誓った俺であった。

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あきゅろす。
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