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世界一3
「なん、で……」
いるわけがないと思ってた。
だって実際いなかった。
ていうか。
この人、
いまどっから出てきた?
上手く潜んでた上に、
足音もなく背後をとってくる。
そんなの。
ただの忍者じゃんか。
なんだ忍者だったのか、高野さん。
なんて。
完全におかしくなった思考回路で、
高野さんが常人であることさえも疑うくらいには。
俺は混乱していた。
と同時に、
心の底から焦っていた。
やばい。
なんか変な汗、が。
「これ、見覚えないか?」
ぱらり。
一枚の紙が、
俺と高野さんを遮る。
必然的にそれしか目に入らなくなり。
仕方なしに、
内容に目を通してみた。
「あ、」
これ、
みたことある。
ていうかむしろ。
「お前は、」
「絶対に仕事を投げて帰ったりしない。まして、」
プリンターに置き去りなんて、もっての他だろ?
そういって、
ひらひらと揺らして見せる。
それは、
紛れもなく。
横澤さんが来るまで俺がつくってた書類、だった。
最悪、だ。
完全に回収するの忘れてた。
高野さんの言葉を無視して、
先に帰るってだけで異常行動なのに。
ほぼ完成してる仕事まで残してくなんて。
そんな不自然な奴、
どこにいるっていうんだよ。
どこにも、
いる筈がないから。
絶対にここに戻ってくると思ったから。
高野さんは待ってたんだろう。
回りの電気がみんな消えてしまって、
終電がなくなってしまっても。
ただひたすら、ずっと。
俺がここに来るまで。
「……で、」
俺と高野さんの間にあった防壁が、
たった1枚しかなかった紙が、
取り払われる。
遮ってくれるものは、もう。
何もなくなってしまった。
「お前はこんな時間まで、どこで、何を、してたんだ?」
ううわどうしよう、
早速本題につっこんできたよ!
か、考えろ俺っ。
ここは、
かなり大事な場面、だ。
ちっ、
ちっ、
腕時計の針の音すら聴こえるような、
痛いほどの静寂が漂う中で。
俺の答えを待つ高野さん。
あぁ、もう。
これしかない…!
「お……」
「お腹が、痛くて…トイレに……」
く、
苦しい。
我ながら苦しすぎる。
考えた結果がこれかよっ。
ていうか、
これ完全に子どもの言い訳だ!
どうしよう。
高野さんの顔、
こわすぎて見れない、
「お腹、ねぇ…」
その短いオウム返しと、
高野さんの疑いの眼差しに。
俺の胃がほんとうに、
きりきりと痛みだしてくるような気さえ。
してきたところで。
「まぁいい。とりあえず出るぞ」
いやにあっさりと引き下がってくれた。
かと思えば。
さっさと方向転換し、
スタスタ歩いていってしまう。
後を追いてこい、と言わんばかりの背中。
機嫌を損ねないよう、
とりあえずは素直についていくことに。
したけれど。
「ま、待って下さい!出るって、どこに!」
どこに行こうとしてるかくらいは聞きたい。
まさかつい数時間前みたいに、
狭い個室で、
尋問大会、なんてことは。
ないとは思うけど。
なんせ高野さんは、
あの人と行動が似すぎている、から。
なんて、
あらぬこと。
あれこれ考えてた、のに。
「出てから考える」
決まってないのかよ!
…まぁ、
でも確かに。
出勤までの4時間以上、
ずっとここにいる訳にはいかない。
それは確かに、
そうなんだけれど、さぁ。
ぴたり。
数歩先を歩いてる高野さんが。
急に、
立ち止まる。
「どうしたんですか?」
かと思えば。
おもむろに、
着ていたベストを脱ぎだした。
そして。
「わ、ちょ!ぶふっ」
何を思ったか。
今しがた脱いだばかりのそれを、
当然のように俺に着せた。
「た、高野さん!これ…っ」
「腹、いたいんだろ?」
外は冷えるぞ、と。
再び背を向けた高野さんの。
後ろ姿が少し遠ざかるころ。
それが。
ささやかながらの気遣いなんだと、
気づいてしまって。
ベストに染み付いた高野さんの匂いに。
まるで。
抱きしめられてるみたいだ、なんて。
一瞬でも思ってしまった自分は。
きっと。
どうしようもないくらい、
心身ともに疲れているだけ、なんだ。

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あきゅろす。
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