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下心15
「着いたね」
「はい」
美濃さんの言葉を聞きながら、
目の前のビルを見上げた。
今日もこれからも働いていく、丸川を。
着いちゃったよ。
着くな着くなと思ったところで、
向かえばいつか着いてしまうのは。
わかって、いたけど。
不自然にならない程度に溜め息を吐く。
嫌だとしても。
行くしか、ないんだよなぁ。
美濃さんに続いて社内に突入。
したところ、に。
見えた人影。
あぁ、
なんか胃が痛くなってきた気がする。
「随分遅かったじゃねぇか」
毎度毎度。
どうしてこうも偉そうな登場なんだろ。
どうやったらそう見えるのか。
いやに高圧的に腕組みし、
壁に寄りかかって睨み付けてくるその人は。
俺が会社に来たくなくなってる原因そのもの、で。
「営業のカリスマさんが、新人編集ちゃんに何の用かな?」
硬直しきった俺に代わり、
美濃さんが応答した。
しかも何故か微妙に挑発的だ。
ていうか。
まずい。
まずいって。
今は、美濃さんがいるんだってば。
「お前、高野の…まぁいい。俺はそいつに用がある。借りるぞ」
そう言い。
つかつかと。
やけに響く足音で。
俺の方に近づいて、きた。
あ、やばい。
情けないけど足、
震えて、
「わ、っ!」
急に、
体を後ろに引かれた。
覚束ない足で必死に体制立て直し、
前を向き直った。
ところには。
切り揃えられたサラサラの髪と、
華奢な印象からすると少し意外な程に広い背中、が。
見えて。
なんで。
美濃さんが、俺の前に。
立って。
まるで。
横澤さんから、庇うみたいに。
「悪いけど」
「今日は僕が先約だから」
え、
この人いま、なんて。
俺も、
たぶん横澤さんも。
状況が理解できず、呆然としていると。
「いくよ、律っちゃん」
ぱしっ。
なんだか小気味いい音を立て、
俺の手首が確保された。
そのまま。
ぐいぐいと、
引っ張られていく。
「え、あの……み、美濃さん!?」
「いいからいいから」
そう言い。
俺の手を掴む力は強く。
とてもほどけそうになくて。
どんどん遠ざかる横澤さんを、
恐るおそる振り返り見る。
「っ、」
てっきり。
憤慨しているかと思っていた。
横澤さんは。
睨み付ける目付きはそのままに。
口元には、笑みを浮かべていた。
なんで、
なんでそんな、顔して。
得体の知れない恐怖から目を背けたくて、
前を向き直った。
目の前に見える、
こう言っちゃなんだけど意外と広い背中を必死に追いかける。
『どうして、』
『昨日、あんなところに…?』
本当に。
意を決して聞いたんだ。
場合によっては土下座してでも黙ってて貰おうって、思って。
聞いた。
そしたら。
『決まってるじゃない』
そう言って。
美濃さんはにこって微笑んで。
内緒話するみたいに耳打ちしたんだ。
『…大をね、したかったんだよ』
人気のあるトイレで個室に入るの、
なんか恥ずかしいでしょ、と。
そんな可愛らしいこと言ってた人とは思えない。
曲がり角で見えた美濃さんの顔は、
やっぱり笑ってたけど。
そこには見たことないくらい鋭さが含まれてた。

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あきゅろす。
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