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下心9
横澤さんが出ていった後。
再びドアを閉め切った個室のなかで。
まず最初にしたのは。
便器に向かって吐くことだった。
1発目が見事に胃に入ったから、
大して入ってない中身が逆流したらしい。
お酒とか飲んだりしても、
記憶がなくなることはあっても吐くことはないから、
こうして吐くのは本当に久しぶりで。
出すものだしてしまったら、
吐き気耐えてた時よりは楽になる。
わかって、
いるんだけど。
その行動自体に抵抗があって、
無意識にかけてしまうストッパーが。
何とも中途半端で苦しくて。
ひとまず治まったところでトイレットペーパーを手繰りよせる。
口元をぬぐいながら思った。
あぁ、
ほんとに。
トイレって他機能だなぁ。
そんなこと、
考えてたとき、だった。
コンコン、
外からドアがノックされる。
そっか。
いくら人の少ないトイレって言っても、
全く使われないわけじゃない。
ただでさえ個室は1つしかないし。
出来たらもう1回吐きたかったけど。
しょうがない。
「ぁ、はい、今……」
出ます、
と言いかけ、気づいた。
やばい俺、
いま上半身ハダカだ。
「もう少し、かかります!」
うわぁ、
なに元気よく返事してんだ俺。
恥ずかしい、
完全に恥ずかしい人だよ!
「あ、もしかして律っちゃん?」
その声は。
よく聞けば、
聞き覚えのあるものだった。
「美濃、さん…?」
「正解。よくわかったね」
くすくす。
何時ものように人当たりのいい笑顔してるんだろう。
ドア1枚挟んだ空気で、
なんとなくわかる。
それにしても。
こんな癒し系ボイスしてる人、
そういないよね、うん。
「具合悪そうだね」
凄い吐きっぷりだったもんね、と。
多分ほんとに、
心底心配してくれてるんだろうけど。
恥ずかしい、
恥ずかし過ぎるよ!
本当ごめんなさい朝から変なの聞かせちゃって!
「あと5分で始業だから、少し遅れるって高野さんに言っとくよ」
無理しないでゆっくりおいで、と。
ドア1枚挟んだ向こうから聞こえるその声が、
あんまり優しくて。
「ありがとう、ございます…」
ついさっきまで酷い目にあって、
ズタボロにされた心に。
痛いくらいに染み込んで。
うっかり涙腺が緩んでしまったのを、
上を向いて耐えた。
ここで泣いたら、
流石に色々と不審者すぎる。
お大事に、
そんな風に言い残し。
出ていく足音を聞いて。
安心したところで。
もう一度便器に顔を埋めようと。
手をかけた、ところで。
ふと思った。
そう言えば。
美濃さんは、
何でこんなところに来てたんだろ。

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