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下心3
カチャカチャと。
台所から聞こえてくるのは、食器を洗う音。
俺はその音を、
ソファに座って肩身狭く聞いている。
あの日。
高野さんに初めて料理という名のゲテモノを食べさせた日から。
片手に収まる回数はチャレンジしたんだ。
食事の支度ってやつ、を。
いつまでもキ…キスでお支払いってのも、気が引けるし。
というか。
いいかげん俺の身がもたない、し。
そう思って。
何日かやってみて、わかった。
どうにも俺は、
料理との相性が悪いらしい。
一人でやらせると危ないからって。
しばらくは側で見守ってくれていた高野さんだったけど。
鶏肉をソテーすべくフライパンに油を入れ、
鶏肉を投入するタイミングを見計らい続け。
タイミングを逃したばかりか天井に届かんばかりの火柱を出した辺りで、
俺を台所に近づけることを諦めた。
高野さんのシルバーでちょっとかっこいいフライパン。
真っ黒にすすけていくら洗っても落ちなくて、
無性に悲しい気持ちになったのが未だに忘れられない。
そんな、
こんなで。
料理は完全に高野さんの担当になった。
だから。
せめて後片付けをさせて貰おうとしたんだけど。
『この部屋さ、結構いい食器を取り揃えてるんだけど、自信ある?』
その短い言葉に込められた色々なプレッシャーがこわくって。
すっかり意気消沈した俺は、
こうして大人しくソファに収まっているわけである。
「はぁ〜…」
無意識に溜息吐きながらソファにもたれ掛かる。
ふかふかの背もたれに頭を埋めて。
見上げた天井の広さに、
また溜息が出そうになる。
あ〜あ。
考えれば考えるほど、
駄目な人間だよなぁ、俺。
これだけ使えない人間。
なんで高野さんは、
俺なんかがいいんだろ。
もっと選びようがあっただろうに。
顔だって整ってる方だし。
近づいてくる女の人だっているだろうに。
そもそも、だ。
俺は、
高野さんに……
「終わったぞ」
天井しか写ってなかった視界。
端的な言葉とともに、
高野さんが一面に広がった。
「うわーー!」
しっかり驚いた俺は。
勢いよく上体を起こした。
がすっ。
鈍い音が響いて。
頭に走る、衝撃。
「いっ、てぇ〜…」
それは相手も同様。
というか完全にとばっちり。
非常に痛そうな声とともに、
高野さんが視界から消えた。
「わー!ごめんなさいすみません大丈夫ですか高野さんっ!」
慌ててソファから飛び降り裏へ回りこむ。
案の定。
高野さんは目頭の辺りを押さえしゃがみ込んでいた。
片手には眼鏡が握られている。
「お前、な…」
あぁ、ヤバイ。
罵られる……!
これから降ってくるだろう言葉の槍にそなえ、
ぎゅっと目を閉じる。
そしたら。
「わ、わっ!」
俺の肩を掴み、
床に押し倒したかと思えば。
高野さんが覆い被さってきた。
目の前に再び広がる、
高野さんの顔。
「眼鏡かけてるやつに頭突きする時は、細心の注意を払いやがれ…!」
珍しく眼鏡の取り払われた整った顔には。
目頭の辺りに、
メガネ激突の痕がくっきりと浮かんでいた。
「すすすみません以後心して頭突きさせて頂きます!」
気の動転にまかせよくわからない謝罪をし。
不意に訪れた沈黙。
ふと、
我にかえらされる。
まずい。
この体制、は。
肩に置かれたままの高野さんの手。
起き上がろうと力を込めても、びくともしない。
「た、高野さん、離し……」
言いかけ、
言い切ることが、できなかった。
痕ばかり見てて気づかなかった。
高野さんの目付きが、
いつしか男のそれに変わっていることに。

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あきゅろす。
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