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お手紙17
その日。
俺は珍しく台所にいた。
さっきテレビをつけたら、
明日の天気はばっちり降水確率90%だった。
明日は折り畳み傘持っていかなきゃ。
それは置いておくとして。
なぜ俺が、こんなことしてるかっていうと。
それは。
珍しく早く帰ってきたからである。
高野さんよりも、俺が。
まぁ、なんだ。
今回は、
ていうか何時も、
なんだかんだお世話になってるわけだし。
たまには俺が晩ご飯でも作ろうかなって思ったわけで。
久しぶりすぎてちょっと自信ないから、
今日のメニューは、
炊きたてご飯に市販の素を混ぜるだけでとっても豪華な一品になるちらし寿司と、
それに添えるイクラ・マグロ・エビと、
市販の卵豆腐だ。
完璧だ。
完璧すぎる。
火を通さないならまず間違いは起こらないはず。
あと10分で炊けるご飯を待って。
とりあえずマグロの延べ棒を切ることにした。
久し振りの包丁に何だか手が震えてくる。
深呼吸して、
入刀した。
あれから、
何日か経った。
毎日のように手紙が届いていたポストも、
今や平穏を取り戻している。
高野さんと俺の関係は、
相変わらずの新婚生活状態を保っている。
とは言え。
すっかり元の生活に戻ったかと言われると、
それはまた別の話で、
「な…なんだ、これ、」
目の前には。
無残にも粗いミンチにされたマグロの山が出来上がっていた。
なんだよ。
刺身って、こんなに難しいのかよっ。
「うううちくしょう、ちくしょうっ」
えぇい、こうなったら、叩いてやる!
叩い、て
叩くって、どうするんだろう。
「えぇっと……」
確か、引越しのときにトンカチ使ったよな。
あれにラップ巻けばいいか。
ぐるぐる。
なんか不恰好になったトンカチ。
台所のステンレスが変形したら困るから、
居間の丈夫そうな台のうえでやることにした。
だんだんだんだん。
うーん。
なんかちょっとクリーミーだけど、大丈夫だろ。
ピーッ。
ちょうど良いところでご飯が炊きあがった。
よし、次はちらし寿司だ。
綺麗に炊きあがったご飯。
アツアツの釜を取り出して。
さぁ、説明書きを読もうじゃないか。
「何なに、『温かいご飯と具を、うちわ等であおぎながら手早く混ぜ合わせます』……」
「一人じゃ足りねぇぇ!」
何だよこれ、共同作業が前提かよ!
一人暮らしどうすんだよ!
どうしよう!
どうしよう!
そうだ、
右手でご飯混ぜて、左手であおげば!
ご飯が冷める前に、急いで取り掛かる。
左右の手に違う動きをさせるのは、
想像以上に難しかった。
しかも。
「か、釜がズレるっ」
押さえる手がないから、
ご飯を動かすのと連動して釜も動く。
わたわたした結果。
絨毯の下にひいていた滑り止めを使って、とりあえず動かないようにすることに成功した。
そうこうして。
なんか所どころご飯がダマになってるちらし寿司が出来上がった。
お皿に盛り付け、買ってきた金糸卵とでんぶをふりかける。
中央にマグロのたたきを飾り、その上にイクラ、囲むようにエビを飾りつけ。
玉子豆腐を、小さな小鉢にあけて、ダシをかけて。
完成。
「つ…つかれた……」
やばい、泣きそう。
高野さんいっつもこんな大変だったのかよ。
こんなこと、いっつも。
俺のためにしてくれてたのか。
「……」
俺は、
高野さんの為に、
何をしてきただろう。
何を。
何も、してこなかった。
俺は、
高野さんの為に、何ができるんだろう。
テーブルの上、
出来たてのちらし寿司と、卵豆腐を見つめ。
俺は、
高野さんが帰ってくるまで、
ひたすらそのことだけを考えていた。

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