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授業
白い天使と雪とボク 後編(苗十/ダ)

クラスで目立たないボクが、一応友達と呼べる人達は、どうしてもリーダーシップの強い子が多い。そうなると、必然的なのか何なのか、自然と苗字で呼ばれてばかりいた。
だから、少し憧れていたのだ。名前で呼び合える友達というものに。

「…お前の事情など知らん」

「むぅー………あ、じゃあボクが先によんでみようかな。ね、びゃくやクン」

「………気持ちわるい」

「な、なにそれ!?」

馬鹿だなぁ、十神クン。十神クンの嘘なんて、もうとっくに見抜けるようになっているのに。

「……えへへ」

「…なんだ、にやにやするな」

「びゃーくーやークン」

「なぐるぞ」

「それはやだなぁ。あ、びゃくやクンって漢字、白い夜で合ってる?お母さんに聞いたんだけど」

「そうだ。………俺の事は、」

「言ってないよ。だから、白夜クンはシンパイしなくてもダイジョウブ、ね?」

「……ふん。だれがお前のシンパイなど…大体、お前は……」

もごもごとマフラーに口元を埋めながら続ける。何か言ってるようだけど、どうせまた毒舌オンパレードだから、気にしない。

毎日彼に会える幸せ。此処に来る時にいつも感じていた昂揚感は、いつの間にか基地に対する楽しみよりも、十神クンに会える楽しみに変わっていた。あの日、偶然出逢っただけの人なのに。
今もそう…変わらない鼓動の激しさに、時々左胸を手で押さえてみる。でも、治まらない。それに、不快じゃない。勿論、病院なんて行く気はない。

それに、今のボクにとって、正体不明の胸の苦しみなんてどうでもいい事だ。そのうち消えるだろう事に気を取られているのは、とても馬鹿馬鹿しい事のように思えた。

「…十神クン」

「…なんだ」

「……なんでもないよ」

「ならよぶな、ぐみんが。…あと、その気持ちわるいにやにや顔をどうにかしろ」

説明できない感情に導かれるままに、ボクの中のキミが大きくなっていく。無条件に笑えるような不思議な力を秘めた、この世界にたった一人しかいない少年。実際には短い期間しか会っていないのに、ボクを引き付けてやまない。

もっともっと一緒にいたい。本当なら、お母さんにも紹介して、家でも遊べるようにしたいのに。冬休みが終わってからも、三年生になっても…そんな他愛ない願いは、口にせずともよくわかってる。
ねぇ、突然現れた天使のようなキミ。ボクとその小さな願いを、共有してくれませんか?

「苗木…もう一度だ。つぎは俺が勝つ」

「……ねぇ」

「……?」

「……ううん。なんでもない」

…人間は、欲深い生き物だ。一つの幸せを手にした時、次の幸せを欲している。その欲が、行動となって表れる。興味の尽きない心が、このまま甘んじる事を許しはしないのだ。
だから、ボクとキミが出逢ったのは、必然。暫くして、ボクがキミを看取ったのも…必然。





冷たい空気が、ボクの頬を撫でている。でも、それ以上の冷気がボクの心臓を苛む今、その程度の冷たさなど、気になる訳もなかった。

数人の大人達に囲まれているのは、ボクの大切な人。彼の瞼は閉じられ、ぴくりとも動かない。唇は怖いくらいの青紫で、それを見ているだけで、涙が零れた。

「全く…勝手な真似を…」

大人の一人が呟く。そのまま十神クンを、雪の中から抱き抱えた。抱き抱えたと言っても、その動きに優しさは微塵も感じられない。抱え損ねた彼の左腕が、だらりと揺れる。

ボクはその光景を、庭の植物の隙間から見ていた。勿論、ボクの家に庭なんて豪勢な物は無い。…此処は、十神クンの家の庭だ。彼に内緒で、忍び込んだのだ。

縦え悪い噂とは言えども、有名である事に変わりはない。平凡な一般家庭のボクはともかく、そんな有名な十神クンの家は、少し聞けば直ぐに突き止められた。
ボクのような子供が聞くと、大人達は揃って、あそこには近付くなと言った。興味本位で調べていると思われたのだろう、十神家の悪名を沢山聞かされ、ボクの興味を削ごうとした大人もいた。

そんな大人達の言葉を軽く受け流し、必要な情報だけを集めていく。
もうすぐ冬休みが終わる…そうなれば、会える時間が減るし、時間帯がズレればすれ違いだって起こるだろう。明日の約束を明確にしないボク達の秘密の時間は、不確定要素が多くて、どうしても不安を消し切れなかった。

その不安を解消すべく考えたのが…彼の家を見付ける事だったのだ。家さえわかれば、いつだって会える。そう思い立ってからは、いてもたってもいられず…彼がよく来る昼の二時頃になる前に見付けてしまおうと、何時もより早起きして、家を飛び出してきたのだ。

ボクの考え通り、寧ろ思ったよりあっさり、十神クンの家は見付かった。こんな事なら、もう少しゆっくり寝てもよかったなぁなんて考えながら、以前十神クンが話してくれた、庭への侵入経路を辿る。…他人との関わりを嫌う彼の家では、ボクの事は秘密。だからこの侵入経路は、ボクが忍び込む為に使えると同時に、いつも十神クンが家を抜け出す際の脱出経路としても使用されていた。

此処が十神クンのお家かぁ…なんて感慨に耽る暇も無く、その声は聞こえてきた。大人の声だったので、雪化粧した植物の裏に隠れながら、そっと様子を窺う。
そして…見てしまったのだ。大人達に引きずり出される、雪に埋もれた彼の姿を。

「くそっ!何でこんな所に白夜が……」

額を押さえて唸っているのは、彼の父親だろうか。此処からでは確認しづらいけど、十神クンと同じ、少し冷たい蒼色の瞳のような気がする。
周りにいる大人達は、互いに視線を送り合っている。最終的に、その視線は父親に向いた。

「…確かに、白夜様は自室で就寝なさっていました。0時に確認しています」

「やはり、一人で勝手に此処へ来たかと。誘拐だと、こんな場所に置いていくのは不自然すぎますし。きっちりコートも着込んで…」

「そんな事はどうだっていい!はぁ…これから、例の取引の大事な時期が来るというのに…全く、余計な事を……!」

……余計な、事?父親は未だ顔を苛立ちで歪めながら、忌ま忌ましそうな目で十神クンを見ている。
…何、それ。何でそんな目が出来るの?息子……でしょ…?

「しかし、社長…もう完全に死んでます。救命の余地なんてありませんよ。どうするつもりです?」

「………ちっ…一人息子を死なせたとなれば、何かしら言い訳をつけて警察が来る。ただでさえマークされてるぐらいだ、必ず令状を持ってくるだろう…」

「社長……流石に今警察は…」

「煩い!だから今考えているのだろう愚図め!!……そうだ。いっそこのまま…何処か適当な場所に埋めてしまえばいい。死んだ事さえバレなければ、警察も手出しできん筈だ…!」

父親の言葉を、ボクはただ固まって聞いていた。それと対照的に、おお!と歓声を上げる大人達。…否定どころか、躊躇いすら感じられなかった。

「よし、お前達は何処かちょうどいい場所を探せ。お前達はソレを車に積んで、直ぐに出せるよう待機だ。私は妻に説明してから、少し情報を弄る」

指示をテキパキと出すと、十神クンに見向きもせずに、父親はこの場を去った。残った大人達も、与えられた指示に従うべく、行動を開始した。
誰も、感情的な動きが無い。淡々と指示に従う彼らに飛び掛かりたい気持ちをぐっと堪える。此処で見付かる訳にはいかない。ボクが…ボクが消えてしまえば、十神クンも消えてしまう。大人達の身勝手さに、消されてしまう。

「全く…勝手な真似を…」

吐き捨てられた言葉と、温もりのない動きに、涙が止まらない。さっきのやり取りが嫌でも頭で繰り返されて、くらくらする。こんなに広くて立派な家なのに、彼の居場所は殆どなかったのだ。

「何だって今死ぬんだよ…余計な仕事増やしやがって。大体、こいつは前から気に入らなかったんだ、可愛げのないクソガキが…」

「ぼやくなよ。しかし、頭良かったんじゃなかったっけか?このガキ。こんな寒い時期に雪に埋もれてりゃ、そりゃあ死ぬだろ…そんな事も知らなかったのかねぇ、世間知らずってやつか?」

「おい、喋ってないで行動しろ。せめて、早々に発見できた幸運を喜ぶとしようじゃないか。…行くぞ」

十神クンが、運ばれていく。物扱いされて、屈辱的な言葉を吐かれて…運ばれていく。
その様子を見ても、何故か怒りは沸かない。ただただ涙が零れては、その僅かな感触が寒さを思い出させる。
十神クン…触れたら、きっと氷のように冷たいのだろう。だからこそ、キミを強く抱きしめてあげたいのに。ボクの体温を、分けてあげたいのに。

つい前日にも会って、話して、遊んだ。そんなキミの死を…ボクは受け入れきれなかった。だから、ある意味これだけ冷静でいられたのだ。
十神クンは、ただちょっと寝ていただけじゃないだろうか…そんな曖昧な幻が、ボクの頭を揺らす。今日だって、あの停車場で待っていれば…むすっとしたしかめっつらで、入口から入って来るに違いない。

音を立てないように後退り…そっと来た道を逆走する。あの場所から、目を背けるように。
本当は、全部全部聞こえてた。十神クン本人である事も、彼の死も。それでも、信じなかった。信じたくなかった。
降り出した雪は、少しずつ気温を下げ、肌に冷気を撫で付けていく。次第に駆け足へと変わる動きから生まれた熱は、それを跳ね退けるように体を火照らせたけど…どれだけ走っても、心までは温めてくれなかった。





「………もう、あれから何年経つのかな」

一人呟くと、無人の停車場の中に、白い息が舞う。此処も、とうの昔に閉鎖されてはいるものの、未だに取り壊される気配は無い。もしかしたら、この場所そのものが書類上忘れ去られているのかもしれない。ずっと無人の景色ばかり見てきていた分、その理由は妙に納得がいった。

十神クンが、ボクの前に現れなくなって…もう何年も経つ。小学生だったボクも、もうすぐ大学生だ。そんな長い月日を経ても尚、色褪せない彼の姿。

彼が姿を見せない理由も、彼を忘れられない理由も、今のボクにはちゃんとわかってる。長い月日は、人々から一人の少年の存在を消し去ると同時に、ボクに色々な答をくれた。
人を愛するという事、人が死ぬという事。幼かった自分が形容できなかったものが、今のボクには理解できる。

「…こうして、ボクが此処に何度来たって……キミは来ないんだね…」

涙で心の灯を消して、通り過ぎてゆく季節を見つめるボク。冷え切った心で何度理解しても、止められないこの足が向かう先は、いつだって此処で。未練がましくこの場所に縋り付く事を、誰が否定できる?今も残る、忘れ去られたこの場所が、静かに消えた彼が遺してくれた場所のような気がして。ボクが忘れずにいる事が、十神クンを愛する唯一の方法だと感じていた。

微かに、鐘の音が聞こえる。数年前に建ったばかりの、小さな教会。そうか…あそこの鐘の音は、此処にも届くんだ。
毎年、冬になると此処に来る。冬以外にも来るけれど、やっぱり冬が多い。雪を見ると、いてもたってもいられなくなる。あの頃から今も変わらない、衝動。

澄んだ鐘の音色を聞きながら、ボクは叶わない景色を思う。この住み慣れた街を、堂々と二人で歩く景色。近所の大人達を気にせずに街を散策しながら、ボクが戯れに十神クンに抱き着く。きっと彼は鬱陶しそうに文句を言うのだろう。振り払うそぶりは見せずに。

…勿論、ただの夢、幻だ。ボクが毎日歩く街並みと同じ景色なのに、彼だけが足りない。それは、喩えるなら…最果ての街並み。決してボクの手では届かない、最も果てのない場所の景色。

「…十神クン……」

涙声で呟く。こんな風景を夢に見る度、苦しくて堪らない。ありふれた風景一つ手に入らない事が、悔しくて、哀しくて。涙を止める気にもなれなかった。

「……ん、いけない…もうこんな時間だ…」

いつの間にか、外はすっかり暗くなっている。明かりの無くなった今の停車場の中は、外よりも暗い。この歳にもなれば、流石に親に怒られる事はないだろうけど…心配させるのは少し躊躇われた。
大丈夫…何時だって来られるんだ。今日はもう帰ろう。自分に言い聞かせて、入口へ向かう。外に一歩踏み出したその時。
カーン、と乾いた音がした。

「っ、」

反射的に振り返る。静まり返った停車場の中…その真ん中に、見付けてくれと言わんばかりに目立つ物。…あの時彼を呼んだ、玩具のスコップだった。

「な…んで、こんなとこに…」

思わず駆け寄る。スコップに手を伸ばそうとした瞬間、声が聞こえた。…どこか聞き覚えのある、けど記憶よりずっと低い声。体が…動かない。

「………なんだ、この音か」

その声は、いつかと同じ台詞を吐いて、静かに溶けた。コツ、と靴音がボクのすぐ後ろで鳴る。

「……ぁ……」

微かに動くようになった体を必死に動かして、振り返る。そこにいた人物が視界に映ると、益々体が強張った。驚き過ぎて、上手く言葉が出てこない。

「と……が、み…クン…?」

「………その変な顔を止めろ、愚民が」

心底鬱陶しそうな…それでいて、どこか嬉しそうな表情で、目の前の人はそう言った。ボクより高い背、低くなった声…それでも、間違える訳がない。あの時よりずっと綺麗になった十神クンが、そこにいた。

「と…十神クン…十神クンッ…!!」

「煩いぞ苗木…何度も繰り返すな」

「ゆ、夢…夢なのかな…?ねぇ、十神ク、」

十神クンに手を伸ばした瞬間、くるりと背を向け距離を取られる。バランスを崩したボクは、膝を床に強か打ち付けた。

「ふん、ノロマが…やはり相変わらずのようだな」

「いたた…ちょっと、それどういう意味…」

「苗木」

ボクの言葉を遮り、十神クンが強くボクの名を呼んだ。膝を気にするボクの前にしゃがみ、じっと見つめてくる。陰りのある深い蒼の瞳。あまりにも綺麗で、思わず頬が熱を帯びた。

「お前に、言いたい事がある」

「………」

「…もう、此処には来るな」

「…え」

見とれていたボクを切り裂く、容赦ない言葉。反論しようとして…喉が詰まった。十神クンの目が、余りにも苦しげだったから。

「いいか…毎年毎年、目障りだ。そろそろお前の顔など見飽きたと言ってるんだ」

「…は、ははっ…何言ってんの?見飽きたって、ボク達久々に会って…」

「いい加減にしろ!!」

十神クンが叫ぶ。その迫力に、気付けば尻餅をついていた。はぁ、と息を吐き出し…十神クンが口を開く。

「お前はもうわかっている筈だ…この俺の死を。それなのに何故、此処に来る?それともお前には、その歳になってもまだ、秘密基地とやらに通う癖があるのか?」

「そ…れは……だって、十神クンが…」

「俺を言い訳にするな、屑が。いいか…二度と来るなよ。お前のような奴の記憶に遺るぐらいなら、存在ごと消された方がマシだ。とっとと帰って、俺の事を記憶から、一片も残さんぐらいに抹消するんだな」

「………十神クン…」

「……一々泣くな、愚民が。ついでにこれも返しておく。全く…センスの欠片も無いな、お前と同じで」

「…わ、」

ぽーん、と放られた物をキャッチする。十神クンのイメージとは全く合わない、ふわふわで青い、白い星の模様が目立つ耳当て。あの時からずっと十神クンに渡したままだった、あの耳当てだった。少し今のボクには小さいサイズが、嫌でも時の流れを教えてくる。

「………ん、」

耳当てをぎゅっと握りしめた瞬間…ボクの目に映し出された画面。まだ夜なのだろう暗い空も厭わずに、あの頃のままの幼い十神クンが、雪の積もった彼の家の庭を歩いている。闇に飲まれた真っさらな銀世界に、無粋とも言える足跡を残しながら、彼の足があの場所へと導かれていく…

『つぎ、こそは…苗木に…勝って、やるっ…!』

雪の絨毯に足を取られながらも、そう呟いた十神クンが、あの場所に辿り着く。そのやる気に満ちた表情は、普段誰にも見せない表情の一つなのだろう。頑張ってる姿なんて、彼は見られたくないだろうから。

『…えい。…えいえいっ』

誰もいない場所で、雪玉を作っては壁にぶつける十神クン。その姿は必死で、初めて見た彼の『子供らしさ』だった。と同時に、そんなにもボクに雪合戦で勝ちたかったのかと、思わず苦笑する。

『………ふぅ』

暫くして、彼はようやく動きを止めた。その表情は得意げで、満足のいく練習ができたようだった。

『……そろそろ、あぶないな』

コートのポケットから取り出した時計を見て、十神クンが一人呟く。暗い夜に絶えず浮かぶ白い息は、それだけの運動量を示していた。

『………わ、』

だからだろうか。歩き出した彼の足元がふらつき、近くの木に倒れかかる。その瞬間――

『ひゃっ、』

どさどさっ、と鈍い音が鳴り、木に積もっていた雪が、彼にのしかかる。その木の振動が伝わったのか、次々に雪は落下し…十神クンを埋めていった。

…あの日、あんな場所で冷たくなっていた十神クン。その原因を考えた事はあったけど、やっぱりその場に向かった理由がわからなくて、結局今の今までわからなかった。きっと、今でも…その理由を知る人はいないのだろう。

いや、寧ろ知られたくなかったのかもしれない。彼にとっては、馬鹿馬鹿しい死に方だろうから。それをわざわざ見せてくれたのは…ボクには全部知っていてほしいと思ったから。……なんて。都合良く考えてしまったけど、十神クンが何も言わない以上、勝手に受け取らせてもらう事にした。
……彼の死を、本当の意味で理解してしまった今…何かを少しでも都合良く考えないと、おかしくなってしまいそうだ。

「…これで、俺の言いたい事は全て伝えたな。……おい苗木、何を座り込んでいるんだ、さっさと出ていけ」

「うっ…ぅぅ……十神、クン…」

「………、ちっ、未練がましいぞ苗木!!とにかく早く此処から出ていけ!!これ以上居るのなら、無理矢理お前から記憶を消し去る事だって出来るんだぞ…!!」

「っ!!………ぅ……ひっく……ぅ、ううぅううっ…!!」

繰り返される十神クンの辛辣な言葉が、頭の中で反芻される。止まらない涙を荒々しく袖口で拭いながら、全力で停車場を出た。片手であの耳当てを握りしめながら。

「…………苗木」

不意に聞こえた声に、つんのめりそうになりながら勢いよく振り返る。小さく見える十神クンが、こちらを見つめていた。

「……すまなかった」

もう、表情なんてわからないくらいに離れている。なのに、彼の声はハッキリと聞こえた。まるで、真横で囁くように。

「…………お前が…好き、だ。……ずっと…ありがとう…誠」

「っ!!………っ、ぅ……ふ、わぁあああああ!!うぁああぁあ……!!」

ボクは走った。何処に向かうでもなく、ただ全力で走った。涙をぼろぼろ流しながら、声を上げながら。この長い長い月日に詰まった想いを、吐き出すように。
最後にボクに届いた言葉は、彼の精一杯の想い。全てのベールを取り払った、真っ直ぐな気持ち。
だからこそ、ボクには確かに見えたんだ。泣きながら綺麗に微笑む、キミの姿が。

「……はぁ、はぁっ…は……はぁ………ふぅ……」

家の近所の公園で、ボクは一旦立ち止まった。ばくばくと暴れる心臓を押さえ、呼吸を整える。いつの間にか酷くなっていた雪は、辺りを平等に白く染めていた。

「……ふ…あははっ…本当に馬鹿だなぁ、十神クンは…」

最後に、あんな言葉を遺してくれるなんて。本当は、寂しくて堪らないに違いない。結局彼だって、素直じゃなくて不器用なところは相変わらずだ。
…だからこそ、苦しかったんだろう。来る度涙を流すボクを見る事が、そして、ボクがこの場所に囚われている姿を見る事が。

「…全部届いたよ、十神クン。相変わらず回りくどかったけど、ね」

まだ、涙は頬を伝う。それでも、ボクは空を見上げて精一杯微笑んで見せた。何処かでボクを見てるだろう、彼に届くようにと。

「もう、あそこへは行かないよ。でも、キミを忘れたりなんかしない。ずっとずっと…キミを忘れたりなんかしないから…!」

頬に、髪に、体中に降り注ぐ雪も厭わずに叫ぶ。雪が支配する世界が、少し優しく笑った気がした。苗木の馬鹿が、って、拗ねた表情で言い捨てるキミが浮かぶ。

「…ずっとずっと…好きだよ…」

最後まで言えなかった言葉。ボクの気持ちの全て。
今この時…この時だけでいいから、祝ってほしい。ボクと彼の幸せな時間を共に過ごした、冬の使いに。変わらないこの胸のときめきを…ボクの新しい出発を、祝ってほしい。
永遠の愛を雪達に祝われて誓うボクは…いや、ボク達は、さながら白い恋人。キミが待っているから…夢と希望を胸に抱いて、歩んでいこう。いつか、キミの下へ行く時に、沢山自慢できるように。

「……ふふ、周りの人から見れば、今のボクは変な人だね、きっと」

それでもいいんだ、と言葉を紡ぐ。見渡す限りの白い世界と、すっかり暗くなった夜の空。本当の意味は違うけど…此処はキミの世界だよね、白夜クン?





十神クンがボクの前に姿を現した日、帰宅した雪塗れのボクを見て、お母さんは一瞬目を丸くし…ボクを叱り付けた。こんなに雪塗れになるまで、一体何をしていたんだ云々。時間の事を心配していたボクだけど、全く違う部分で叱られてしまった。

そして、お母さんに無理矢理入れられたお風呂で、少し熱いぐらいの湯舟に浸かりながら…色々な事を考えて、また少し泣いた。それでも、さっきに比べるとかなりすっきりしていて、明日を見据えるだけの気力が残っている。
ボクに優しく微笑んでくれた天使は、現実の季節が春になるより一足先に、ボクの冷え切った心に冬の終わりを告げた。

「あら、今日は真っ直ぐ帰るのね?」

そして、朝が来て…大体の帰宅時間を告げると、珍しげにお母さんが首を傾げた。トーストをかじりながら、眉をしかめて言い返す。

「え…何?真っ直ぐ帰っちゃ駄目なの?」

「別に、そういう意味じゃないのよ。…ほら、誠最近帰るの遅いから。何処かに寄ってたんでしょ?」

「あ……うん。でも…もう、そこへは行かないって決めたんだ」

軽く鞄の中身を確認しながら言うと、どうして?と聞かれた。…不意に蘇る、キミの姿。

「何処かは知らないけど…行っちゃいけない理由でも出来たの?あ、それとは関係ないんだけど、とうとう取り壊されるらしいわよ、あの無人駅」

「……え?」

「あ、誠はあまり馴染みがないだろうから、気にしなくていいの。結構前からあったんだけど、中々取り壊されなくって。取り壊しにもお金がかかるものねぇ…」

無意識のうちに、ぎゅっと拳を握りしめていた。……あの、思い出の場所が、ついに…
だからこそ、十神クンは現れたのかもしれない。急にあの場所が失くなってしまえば、ボクは戸惑っただろうから。
…十神クンも、ちゃんとケジメをつけたかったのだろうか。取り壊されていく、二人だけの秘密の遊び場を、その瞳で見つめる為に。

「…あそこにはね、天使がいたんだよ」

「……天使?あそこって…無人駅の事?」

「うん。皆に忘れ去られた、天使がね」

短い時を過ごした、幼いキミ。あの日、ボクに初恋をくれたキミは、確かに天使そのものだったんだ。





白 い 天 使 と 雪 と ボ ク

(永遠のWhite Love)




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