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新しい卯月




「何か、一年ってあっという間だね」
「………まだ今年始まったばっかだぞ?」
「いや、ほら新入生。去年はオレ達があそこにいたんだよ?あの初々しさ!年取ったなって感じしない?」
「お前なぁ…間違っちゃーないんだろーけど、じじくさい」
「つーか、今年かわいい子入ったか?」
「そんなこと言って、本命に聞かれたら誤解されるよー?」
「ぶっ…なっ…あ、明良!?」
「え?何?嘘、いんの?誰だよっ?同じクラスか!?」
「違う!違うっ!!」

 必死に言い合う友人たちから眼をそらし、もう一度窓の外を眺める。部活見学で外をうろついている新入生数名がいた。

 懐かしいなぁ、部活見学なんてした覚えないけど。

 そんな事を考えながら、ふと廊下の先を見ると上級生の女子グループが歩いてくるのが見えた。その中の一人と目が合うと指でこっち来いと指示を出される。

 まだ言い合っている友人たちを一度見てから、近づく。

「今日、帰るの遅くなるから」
「受験生のくせに」
「うっさい」

 バシンと額を叩かれる。

「私はあんたと違ってちゃんとまじめに勉強してるから平気。大体勉強して帰るから遅くなるんだし」
「奈月、弟君に厳しー」
「いーの。図体ばっか大きくなってもー」

 大丈夫?と聞いてくる姉の友人に笑って答えると一瞬不審な動きを見せた。

「いーから、ちゃんと伝えといてよ」
「てか、メールしときゃいいじゃん」
「……今日、忘れたの」

 返す言葉もない。

 しぶしぶ了承して、友人たちの元に戻る。

「今の生徒会長?」
「うん。携帯忘れたから遅くなるって親に伝えろだって」
「相変わらずかわいーよな。お前と血が繋がってるなんて信じらんねー」
「人の姉つかまえてやめてよ。大体強暴だし」
「でもかわいーじゃん」
「本命がいるんだろ?だから誰なんだよ。協力してやるって」
「え?まだわかってなかたの?結構わかりやすいのに」
「だからっ、違うってっ」
「わっかんねーよ。誰なんだ?」
「じゃあーヒントはね…」
「やーめーろーっ!!」

 こんな風にして坂下明良の高校二年は緩やかに始まっていった。






 春の夕暮れの中、風を切って自転車で走る。前かごには母親に頼まれて買いに出た醤油が一瓶、直に入れてある。

 前方を歩いていた人物が、自転車の気配に気が付き僅かに振り返る。

 立ち止ったその人物の横をそのままのスピードで過ぎ去った。

「って、ちょっと待てっ!明良っ!」

 猛ダッシュで追いかけてきたそいつを数メートル先で自転車を止めて待つ。

「あぁ、将兄?ごっめん。気がつかなかった」
「おまっ、わざと無視しといて、何その笑顔?」

 ぎりぎりと首の後ろを強くつかんでくるこいつは井上将太。大学二年生。

 将兄と呼んではいるけど血のつながりなどなく、小さい時の癖が抜けないだけ。いわゆる幼馴染。

 髪は短髪で、背は高い方だし見た目はそんなに悪くない。少なくとも一度二度は告白されたことがあると自慢できる程度には。

 最近ではピアスを開けたりバイトを始めたりとそれなりに大学生活を謳歌しいてるようだけど、ならば彼女ぐらい作ればいいのに長い付き合いの中一度も彼女がいるのを見た事がない。

 その理由についてはもう馬鹿としか言いようがない。

 勝手に荷物をかごの中に入れられ、このまま奪っていっても面白いかと思ったけど、自転車を降りて並んで歩く。

「お前もう大学決めた?」
「………オレ、まだ二年になったばっかなんだけど?」
「奈月の奴は二年でもう決めてたろ」
「アレは特別。将兄だってぎりぎりまで決まってなかったじゃん」
「だから言ってんだよ。あの焦りっつーか恐怖っつーか半端ねぇぞ。てか、オレんとこ来いよ。色々教えてやるって」
「その頃には就活ー。それとも留年してくれるのー?」
「………」

 冗談で言った言葉に軽く考えるそぶりを見せる。

 揺らぐなよ。

「将ちゃんっ、明良っ」

 大きな声に振り向くと、奈月が走ってきた。

「あ、受験生」
「お、受験生」
「受験生言うなっ」

 バシッと背中を鞄で叩かれる。

「…何でオレだけ?」
「将ちゃん、今帰り?」
「おー」

 姉の奈月は学校では生徒会長を務め、一応優等生で通っている。

 髪はショートカットでたまにピンで前髪を留めていることも。友人たちの間ではかわいいとか言われることがあるけど、本性は強暴だ。知らないって幸せ。

 勉強も運動も基本オレよりできる。勝てるのは身長と英語ぐらい。第一志望の大学は将兄と同じ所。つまりそう言う事。

 ちなみに幼馴染仲間としてはもう一人いるのだけれど、最近忙しいからとしばらく会っていない。元気にしているのだろうか。というかちゃんと生きているのだろうか。便りはないのは無事な知らせとは思うが。

 ありきたりだけと、将兄とは家が隣同士でオレ達姉弟は小さいころからよく遊んでもらった。小学校ぐらいの時に越してきた将兄の親戚も交えて四人でよく遊び、そのまま現在に至る。関係性は昔のまま。何一つ変わっていない。変える必要性も感じない。ずっとこのままが平和だ。

 例えば姉が大学合格を機に将兄に告白したとしても。押しに負けて付き合い始めてそのままずるずると結婚までいったとしても、それは大した変化ではない。むしろ今の関係を強化させるだけの出来事なのだ。心配するようなことではない。

 問題はこの男。将兄の心の内。長年彼女を作らなかったその理由。でも将兄だって今の関係をよしとしているし、さすがに相手が奈月なら了承するはずだ。憂う必要はないだろう。

「あぁ、そうだ」
「ん?どうした?」

 いつの間にか少し前を歩く形になっていた奈月と将兄が振り返る。

「大学はまだ決めてないけど、ちょっと考えてる事がある」

 まだ誰にも言った事のない。漠然としか思い描いてない計画について少しだけ口にしてみると、思った通り二人は眼を丸くした。

「あんた、蟻の毛ほどでも将来について考えたことあったの?」
「蟻に毛ってあったっけ?」
「何だよ。言えば協力するぞ?」
「将兄はまず自分のことをちゃんとした方がいいんじゃない?」
「お前…かわいくねーぞ」
「かわいさ求められても困るし」
「で?なんなの?将来の夢とか、そういや一度も聞いたことない」
「ん?秘密」

 サラっと答えると、なぜか二人のこめかみが軽くひきつった。

「じゃあ何で急に言い出したのよっ!」
「何でお前といい奈月といいすぐ秘密にしたがるんだ?」
「あぁ、そっか、将兄だけは奈月の志望校知らないんだっけ」
「だけ?だけってどういう事だよ」
「そのままの意味だよ」
「ま…まぁ、今はそんなことどうでもいいじゃない」
「お、俺ばっかのけ者……」

 いじけ始めた将兄を奈月が必死になだめる。

 道の上には夕日に照らされた三つの影。からからと自転車を引く音。あぁ、平和だなぁと感じる何気ない日常の一幕。






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あきゅろす。
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