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皆でランチタイム




 屋上だとまたアレが現れるかもと指定されたのは裏庭。昼休みにスミと二人で訪れると、万里先輩がにこやかに待っていた。

 万里先輩、噂を聞いた時は怖かったけど、実際最初に会った時も怖かったけど、話してみると結構優しくて良い人だ。

 助けてくれたし。うん。

 そんなことを思いながら歩いていると、背中に衝撃を感じた。

「うわっ」
「ねー、何してんのー?」

 腹に回された腕。耳元で聞こえる声。背後の人物を理解した途端、体が硬直した。

「オレだけのけ者?」

 耳に吹き込まれる吐息。先日の出来事が脳裏に蘇り、恐怖から目をギュッと瞑る。

 つーか、何で並木先輩がここにいんだよ!遭遇したくないからってここにしたのに!

「酷いなー。オレと歩君の仲なのに声かけてくんないなんてー」

 仲って、どんな仲だよ。てか無茶苦茶苦しい。腹に回された腕がギリギリ締め付けてくる。

 チョーショックとかふざけた声出してるけど、この人今本気で技かけてないか。何気に息できないんだけど。首じゃなくて腹絞められても息ってできなくなるもんなんだ。

 一つ、賢くなったよ。

 って、それどころじゃない。マジで苦しい。腕をどかそうと掴むけどびくともしない。無駄に筋肉つけやがって。なんだよこの硬い腕。

 ギブギブと腕を叩くが、弱まるどころかどんどん強くなってる。何で?昼飯声かけなかっただけで絞め殺す気かよ、この人。

「………っ!」
「いいかげんにしろ」
「ぐっ」

 ゴツッと鈍い音と共に腕から解放される。拍子に、前に倒れかけたところを抱き止められた。呼吸を整えていると、大きな手に優しく背を撫でられる。もう大丈夫だと言うように。

「西田君、大丈夫?」
「は…はい」
「お前、何度同じこと言えば理解するわけ?」
「ちょっとしたスキンシップじゃんかよー」

 どこがですか?

 マジで死ぬかと思いましたよ?恐る恐る振り返ってみれば、並木先輩が不機嫌さを隠しもせずに睨んでいた。

「………っ」

 思わず、目の前の胸にすがり付く。ギュッと、抱き締める力が強くなり、なぜだか少し安心した。

 って、あれ?抱き締め?

「うわっ!す…すみませんっ!」

 慌てて身を離せば、あっさりと解放してくれた。どさくさに紛れて恐れ多くも万里先輩に抱きついてしまっていたよ。何てこった。

「大丈夫?」
「はいっ!」

 気遣わしげに声をかけてくれる万里先輩に、必死に頭を上下に振って答える。

 また、助けられてしまった。しかも、失態を見せてしまって。恥ずかしくって顔を上げられずにいると、背後から声が聞こえた。

「ねー、こんなとこで何してたの?」
「っ!?」

 並木先輩の声にビクッとなって、反射的に万里先輩の背中に隠れてしまった。ごめんなさい。でも怖いんです。

 何度も頼ってしまって申し訳ありませんが。

「何って、お前には関係ないだろ」
「関係なくないし。オレ、歩君の彼氏だし」

 はっ!?

 さっきまでの不機嫌さはどこへやら。ニヤニヤと楽しそうに笑う並木先輩は意味不明な言葉を吐いた。

 ちょっと待て。誰が、誰の彼氏だと?

 いや、確かに告白めいたものをされた覚えはある。だがしかし、オレは決してOKしてはいない。

 ……断った覚えもないけど。

「むしろ、関係ないのはバンだろ?邪魔すんなよなー」

 ビシッと指を突きつけ勝ち誇ったような並木先輩。その態度は妙に子供じみていて似合っている。

 って、それどころじゃない。

「ち、違いますっ!」

 思ったより大きな声が出てしまい、二人の視線がこちらを向く。一瞬怯んでしまったが、そんな場合じゃない。

 万里先輩の後ろに隠れたままってのが情けないけど。

「付き合ってなんかません!」

 勇気を振り絞ってはっきり言えば、並木先輩の機嫌が急降下した。しかし、今はあえてその姿を視界から外す。

「誤解、しないで下さい!」

 じっと、万里先輩を見上げて必死に言いつのれば、万里先輩は眼を見開いた。

「万里先輩には、誤解されたく、ないんです」

 本当に、それだけは嫌だった。

 だって、もし誤解されてしまったら、オレは……痴話喧嘩だとか思われて並木先輩に引き渡されでもしてしまったらオレは……死ぬ。確実に。

 てか、男同士じゃん。あり得ないじゃん。何でこんな必死こいて否定しなきゃなんないんだよ。

 万が一でも誤解されたら困るからです。はい。

「本当の本当に、違うんです」
「………うん。わかってるよ」

 優しく微笑まれて、ほっと胸を撫で下ろす。良かった。ほんっとーに良かった。

「ねぇ、なに言ってんの?」
「っ!?」

 低い声にビクッとなる。誤解はされなかった。それは良かった。でもまだ厄介な人が残ってた。

「オレ、付き合えってちゃんと言ったよねー?何否定しちゃってんの?」

 うっすらと冷たい笑みを浮かべる並木先輩。怖い。めちゃくちゃ怖いですって、その顔。何か、殺意を感じるんですけど!?

「ねー」

 緊迫感の溢れる空気の中、全くもって緊張感のない声が響いた。この声は、スミだ。すっかり忘れてたけどスミもいたんだ。

「そんなことより早くお昼食べよー」

 万里先輩も並木先輩も呆気にとられた顔してスミを見ている。そりゃ、驚くよな。このマイペースさだもん。

 でもお前、人の生き死にがかかってる状態をそんなことって。

「早くしないと、休み時間終わっちゃいますよー」
「……そうだね。食べようか」
「えっ?で……でも」
「うん。大丈夫。アレはほっといていいから」

 いや、でも何か物凄い形相になってきてますよ。万里先輩に背を押されるようにしてスミの元へ向かうけど、振り返って後悔した。

「おい。話はまだ……」
「並木センパーイ」

 明らかに機嫌の悪い声が聞こえた所で、スミが口を挟んだ。

「しつこい男は嫌われますよー?」

 ………………………

 おいっ!

 いくらなんでもはっきり言いすぎだ。隣にいる万里先輩は小さく吹き出したけど、オレは血の気が引いたぞ。怖いもの知らずにも程があるだろ。

 後ろの反応を見れないんですけど。

「………なぁ、そのチビッコ、何?」

 うわぁぁぁ。並木先輩。それ、禁句です。

 確かにスミはちっちゃいけど。でもちっちゃい奴にちっちゃいって言うのは禁句です。大抵コンプレックスなんですから。もちろん悪気がなければ笑って流してくれるけど、今のはダメだ。おもっきし悪口だった。

 うわぁ、スミが満面の笑みを浮かべている。青筋たてながら。

 無意識の内に隣に立つ万里先輩の制服の裾を掴む。何か、何て言うか、不良で、チームのトップで、本来ならとてつもなく怖いはずの万里先輩の存在が、今一番安心できるのは何故だろう。

「ニシー、万里センパーイ。早く、三人で、仲良く、お昼食べましょー。ほら、うるさい虫はほっといてー」

 本当にこいつに怖いものなんてあるのだろうか。てか、三人でだとか、仲良くだとかやたら強調したな。

 万里先輩に促されてスミの隣に座る。対面に先輩が座った。そして、無視されて黙ってるはずのない並木先輩がずかずか近づいてきて仁王立ち。

「なぁ、そのチビ何?」
「万里先輩のお昼なんですかー?あーすごくおいしそー」

 その無視の仕方はあからさますぎる。そもそも購買のパンに対して反応が良すぎる。確かにうまいが、そこまで感動するほどではない。

 この空気が怖すぎる。てか、確実に並木先輩の矛先ってオレに向かうよな。被害者オレになるよな。ぐるぐるとそんなことを考えていると、万里先輩のうんざりしたような声が聞こえた。

「ケー、いい加減にしろ」
「あ?バンには関係ねーだろ」
「……放課後、付き合ってやるから今は大人しくしてろ」

 付き合うって、何にだろ。やっぱケンカなのかなぁ…。

 現実逃避していると、みるみる内に殺気が消えてった。うん?今ので機嫌良くなったのかな?上がり下がりのタイミングがいまいちわからない。

「絶対だかんな!」
「はいはい。わかったわかった」

 すっごく適当に答える万里先輩。何か、この二人、同い年のはずなのに年の離れた兄弟みたいだ。もちろん万里先輩がお兄さんで。

 って、あれ?並木先輩の機嫌が良くなったのはいいとして、なんで万里先輩の隣に座り込んだんだ。

「……何やってんの?」
「オレも一緒に食う」
「飯ないだろ」
「食う」

 そう言って万里先輩のパンを一つ奪う。奪われた万里先輩は呆れたように息を吐いて、こちらを見た。

 ごめんね。

 並木先輩に気づかれぬよう口パクで伝えられ、慌てて首を横に振る。

 万里先輩は何一つ悪くありません。

 今のこの状況については全くもって理解できませんが。






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あきゅろす。
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