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もやもや到来



「大体な、他の奴らが四月から毎日積み重ねて勉強してきた事を、たった数日でどうにかしようってのが間違いなんだよ。単純に費やしてる時間が全然違うだろ」

 万里先輩がお説教されている。

 ぺしぺしとテーブルを叩きながらの言葉を、万里先輩は黙って聞いていた。

「オレ言ったよな。わかんなくてもいいから授業聞くくらいはしとけって。去年はできてたのになんで今年は全く聞いてねぇんだよ。本当、ありえねぇから。試験範囲すら知らないとか」

 そう言えば、学校には来てるけど授業には出てないって言ってたな。そりゃ試験範囲わかるわけないか。流石に全く出てないってことはないんだろうけど。

「何?オレはお前にどこまで教えればいいわけ?教科書に載ってること、一から十まで全部教えろってか?他の奴らが一年かけてやることを?」
「いや、そこまでは」
「じゃあどこまでだよ」
「それは……」

 縮こまってる万里先輩って、すごく新鮮だ。いつもは堂々としているから。庇いたいけど、ツカサさんのお叱りがもっともすぎて何も言えない。

 誰か、クラスの人に聞けばいいんだろうけど、それをせずに他校のツカサさんに教わってるってことは、聞ける人がいないってことなんだろう。

「適当なとこまででいいんじゃないですか?それで範囲間違ってたら、もうバンさんの責任で」

 スズ君が明るく助け船を出してくれた。万里先輩がそうそうと何度も頷く。

「ケーに訊くってのもあるんだがな。……で、どこまでにするんだ?さっさと決めろ」
「ちなみに、ツカサんとこはどこまで?」
「……教科書違うから国語は何とも言えんが、数学は……」

 呆れたような息をこぼし、ツカサさんがページをめくっていく。

 良かった。とりあえずどうにかなりそうだ。

「イチー、サエん所の国語って、確かバンと同じだったよな?」
「うん。でもどこまでやってるかは聞いてないよ」
「だよなー」
「……イチさんのとこは違うんですか?」
「えっ?」

 まぁ、わざわざここにはいない赤メッシュ様のを確認してるんだから違うんだろうけど。念のためと思って訊ねたら、何やらやたら驚いた顔をされた。

 そこまでは変な質問だっただろうか。

「……うん。違う。し、同じだったとしても二年生の範囲は知らない」
「ん?」
「わざわざ言ってなかった気もするけど、オレ、二年生じゃなくて西田君と同じ一年生です」
「えっ?」
「西田君はイチんこと、二年だと思ってたのかー」

 けらけらとツカサさんが笑う。

 聞いてない。聞いてないから間違ったって仕方ない。でも、何でか当たり前のようにイチさんは年上なんだと思い込んでいた。

 いたたまれなくって、両手で顔を隠す。

「……すみません」
「いや、謝られるようなことでもないし」
「ちなみにオレはバンと同じ二年なー」
「オレは中三ですー」
「……ニシ」

 スミが呆れたような声を出す。

「あ、そうだ。国語の範囲ならオレわかりますよー」
「え?」
「何で知ってんだよ」

 唐突なスミの言葉に、手を下ろした。

「よくお菓子をくれる先輩が万里先輩と同じクラスで。好きな話が教科書載ってて楽勝ーって思ってたのに、先生と解釈違いで何言ってんだか訳がわからない。しかもそこまでが範囲だったんだけど、魂売って点とるべきか、己を通して点を落とすべきかって苦悩してたからー」
「そこまで苦悩するか……まぁ、良かったな、バン。範囲わかって」
「ああ。ありがとう」

 ホッとしたように、万里先輩がスミに微笑みかける。

 どうにかなりそうで良かったはずなのに、何だか少しだけもやっとした。何も、おかしなことなんてない。スミの情報が役に立って、万里先輩が笑顔でお礼をいった。それだけのこと、なのに。

「いいえー。でも、現社とかプリント結構配られてたみたいですけど、それは大丈夫なんですかー?」
「う。一応まだ、期末という挽回のチャンスはあるから」
「それがダメだったら追試に補講もな」
「……後半はもう少しきちんと話を聞く」
「頼むからそうしてくれ」

 問題集に視線を落とす。問題を、解かないと。なのに全然頭が動かない。

 隣から、そっと腕をつつかれる。スミがじっとこちらを見ていた。

「……やっぱ席代わる?」

 他の人に聞こえないくらい小さく問われる。答えようと口を開いたものの、どう言えばいいかわからなくて、結局首を振った。

 何故か、スミはため息を吐いた。

「情けないとこ見せちゃったね」

 帰り道、万里先輩が申し訳なさそうに微笑んだ。

「そんな……ちょっとビックリしましたけど、なんか新鮮でした」

 ツカサさんが用があるとのことで帰り支度を始め、それをきっかけに勉強会は解散の流れとなった。スミはもう少しイチさんと話したいと言っていて、ならばオレもと思ったけど、先帰ってていいよと言われてしまったので何となく帰ることになった。

 万里先輩に途中まで一緒に行こうと言われ、並んで歩いている。

「よく一緒に勉強してるんですか?」
「たまに、だね。それにしても、イチと仲良くなってたんだね。今日は少し驚いた」
「あ。オレがってか、スミがなんですが。オレも驚きました」

 ははっ、と万里先輩が笑う。

「元々知り合いだった訳ではないんだよね?」
「この間の時が初対面でしたよ。スミ、誰とでもすぐ仲良くなれるから。交遊関係すごく広いみたいです」
「おかげで助かったよ」
「……オレも、スミにはよく助けられていて。今日も、勉強教えてもらおうとしたら、こういうことになりました」

 まただ。

 また、何かもやっとしたものが。苦い薬みたいなそれを、どうにか飲み込む。さっきまで、変なモヤモヤは消えてたのに。

「スミ、勉強できるから説明分かりやすくって。って、前に言ったら、できるんじゃなくてしてるんだよと言われちゃいましたけど」
「あー、イチも同じようなこと言ってたよ。勉強できるんじゃなくてしてるだけって」
「そう言って、ちゃんと自分で理解できるまで勉強してるってのが、そもそもすごいなとも思うんですが」
「だね」

 オレは、人に教えられるほど勉強ができるわけじゃない。だから、例え万里先輩と同じ学年でも、役には立てない。でも、試験範囲を教えることぐらいなら、できたのに。

 同じ学年だったら、スミじゃなくてオレが。





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あきゅろす。
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