反省するわけがない
「おまたせー」
「あ、すみません」
「どれどれ」
リュウさんに手当てしてもらっていると、スミがふらふらと戻ってきた。
「血は結構出てるけど、傷自体は浅そうだな」
「………すみません。急に押しかけて」
「いーって、いーって。何?ケーにでも
追いかけられた?」
「う。……はい」
「まぁ、今はケー立ち入り禁止にしてるからな。ここなら安全だ」
「万里先輩に、だから並木先輩関連で何かあったらここに来るといいって言われて」
「ははっ」
まさかこんなすぐ来ることになるとは思わなかったけれど。
「あの野郎。中身の入った缶、投げつけてきやがった」
スミが吐き捨てるように言う。怒ってるなぁ。
「中身は入ってなかっただろ?」
「入ってたよ。どの程度残ってたのかはわからないけど、まだ入ってた」
はっきりと言いきられてしまった。
どうだっただろう。空き缶だと思ったけど。でも、ショックが強すぎてよく覚えてない。そう言われると自信ないな。
「はい、おしまい。大丈夫そうだけど、気持ち悪くなったりしたらすぐ病院行きな」
「あ、はい。ありがとうございます」
救急箱を閉じたリュウさんが、スミをじっと見つめた。スミも、リュウさんをじっと見てる。
「えっと、友達のスミ、黛です。スミ、この人がリュウさん」
「こんにちはー」
「はじめてー」
穏やかに挨拶を交わした。
「………あの、お店の前でイチさんに会って。ドア開けてもらえたんで中に入れたんですけど、それで今、並木先輩と話してるみたいで、だ、大丈夫でしょうか?」
何をどう訊けば良いかわからず、先ほどから不安に思っていたことを口にしてみた。こんなこと訊かれても困るよなとは思ったけれど。
リュウさんは一気に顔をしかめた。
「え?今、イチ外にいんの?」
ま、まずかったのだろうか。
「あー。いや。多分大丈夫だから、そんな顔しなくて平気」
ひらひらと手を振られたけど、表情はひきつっている。
「いや、本当、大丈夫。これでまたやらかすほどバカじゃないだろ。流石に」
誤魔化すような言葉に焦りそうになったら、ちょうどドアが開いた。自然と視線を集めてしまったイチさんが、不思議そうに首をかしげる。
「あー、今、ケーと話してたんだって?」
「あぁ、うん」
安心させるようなふんわりとした、でもちょっと困ったような笑みを浮かべて近寄ってきた。
「大丈夫だったか?」
「少し話しただけだから」
イチさんはオレを見て、少し言いよどんだ。
「佳祐さんが、ごめんって」
「ケイスケさん?」
「ケーのことな」
誰だろうと思ったら、リュウさんが教えてくれた。
そうか。並木先輩のことか。それでもってケーって呼ばれてるのか………って、
「えっ?」
「イライラして飲みかけの缶投げたら当たっちゃった。謝ろうとしたら逃げられたから、思わず追いかけたって」
開いた口が塞がらないとはこの事だ。
あんな形相で追いかけてきときながら。あれはどう見たって謝ろうとしてる人間の顔じゃなかった。
「どの口が」
スミが忌々しそうに言う。全くの同感だ。
「反省してるとは言ってたよ。伝えてって頼まれたから、一応伝えておく」
その言い方や、困ったような表情からみるに、イチさんもその言葉を信じてるわけではなさそうだ。何でそんな分かりやすい嘘をつくんだ。並木先輩は。
「まー、イチ相手だったらそう言うか」
「………リュウさん」
「西田くん災難だったな。まぁ、実際イラついてはいたんだろうが」
「黒猫がどうこう言ってましたよー」
スミの言葉に、イチさんが頷いた。
「西田君が来たって聞いたみたいで。自分は出禁なのにずるいって」
「いや、自業自得だろ」
呆れたようにリュウさんが言う。
いったい何をしでかしたのか。聞いてみようかと思ったところで、勢いよくドアが開いた。一瞬、並木先輩かとびくついたけど、違った。
「………万里先輩?」
駆け込んできた万里先輩は、オレを見つけると目を見開いた。一瞬唇を噛み締めてこちらに駆け寄ってくる。
「西田君っ」
手をオレにさしのべかけて、ぎゅっと握りしめた。
「何でここに………」
元々、出入りしている場所なのだから、ここで出くわしても不思議はない。でも、入ってきた時の様子だと、急いで来たみたいで。
「あいつが、見慣れない子追いかけてるって、連絡があって。特徴を聞いて、嫌な予感がしたんだ」
辛そうな表情を浮かべた万里先輩は、急に膝をついた。そうしてオレの手をとる。
突然の展開についていけず、助けを求めようと視線を動かす。スミとイチさんは、リュウさんに促されるようにしてカウンターへと向かっていた。スミは興味深そうにイチさんを見ている。
何てこった。取り残された。
「西田君。ごめん」
「え?」
万里先輩に見上げられるのって、新鮮だなとか現実逃避してたら、よくわからないことを言われた。
「オレが、もっとちゃんとあいつを見張っとけば、こんな怪我させなかったのに」
「そんなっ、万里先輩が謝るようなことじゃないですよ。いつも助けてもらって。今回だってここに逃げ込んでいいって教えてもらえてたから助かったのに」
それがなかったらどうなっていたことか。スミを止められた自信がない。
「本当に、万里先輩には感謝しかないんです」
「けど……」
「それに、ごめんなさいはオレの方です。こないだ、逃げるみたいに帰ってしまって」
言っても困惑させるだけかもしれない。下手をしたら引かれるかも。でも、きちんと伝えておきたいと思った。
「赤メッシュ様たちが本当に仲良くて楽しそうで。あの輪の中に万里先輩もいるんだろうなって思ったら、何だか居心地悪くて。ヤキモチみたいで、変ですよね」
「西田君……」
万里先輩は、いつも助けてくれる。今だって、心配して駆けつけてくれた。あんな別れかたをしたのだから、愛想をつかされてもおかしくなかったのに。
どうして、ここまで他人に心を砕くことができるんだろう。
胸に込み上げる感情がある。それを押さえ込むように、強く手を握り返した。
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