楽しい計画
金髪さんがモップがけをしていると、さっきの子が戻ってきた。首にタオルをひっかけて。金髪さんとは対照的にスッキリした表情だ。
「お待たせしましたー」
「おーう」
ひょこひょこと近づいてきたその子は、オレの少し手前で足を止めた。じっと見つめてくる。その、観察するような眼差しに、どうしていいかわからずにいると、やおら顔を輝かせた。
「わかった!ツカサさんの関係者だ!」
「え?」
「ん?」
周囲にハテナが飛び交う。
「あれ?違いました?」
不思議そうに首をかしげている。
「スズー。何でそう思った?」
赤メッシュ様が楽しそうに訊ねた。イチさんはなんだか微笑ましそうにしている。理由に心当たりでもあるのだろうか。
「だって、サエさんがイチさん連れてきて、バンさんがケーさん連れてきたから、とうとうツカサさんもかなって」
「何かオレだけボッチみたいな言い方!」
「つっても、今ケー出禁だけどね」
「それは当然です!」
赤メッシュ様の出禁という言葉に、その子は力強く答えた。ものすごく顔をしかめている。
本当に、あの人は何をしでかしたんだろう。
「スズー。その子、西田歩君な」
「え?あ!えっ!?」
驚き顔で何度もオレとリュウさんを見比べてる。何で、名前知られてるんだろう。いまだに訳がわかってない。
「あ、オレは涼宮雪兎です。スズって呼ばれてます」
「あ、に、西田歩です」
深々と頭を下げられたので、同じく返す。
「お噂はかねがね」
「かねがね?」
「歩。ついでにそっちのはツカサ」
「ついでってなんだよ。よろしくな」
「よ、よろしくお願いします」
さっきのやり取りのせいで、よろしくという言葉に言いにくさがある。でも、赤メッシュ様と違って含みはなさそうだ。多分。
その赤メッシュ様といえば、にやにやと笑ってるけど。
「今回もサエさん達に連れてこられたんですか?」
「も?」
「この前、サエさんとツカサさんに連れてこられたと聞きました」
言いながら、スズ君は隣に座った。
「今日はバンとデートしてたんだって」
「えっ?」
赤メッシュ様の言葉にスズ君が驚き、リュウさんに視線を向けた。リュウさんが頷くと、顔を輝かせる。
「ち、違います」
「違うんですか?」
「違わないっしょ。二人っきりで楽しんでたくっせにー」
「いや、えっと、あの」
悪ふざけで言っているのはわかってる。変に反応した方がからかわれることも。だから、流してしまった方がいいんだけど、でも、今のスズ君の反応だと本気にしてしまったみたいで。それでどうして顔を輝かせるのかはわからないけど、誤解されるのは困る。
ただ、二人っきりだったのも楽しんでたのも事実な訳で。
ひ、否定しきれない!
「………単純に一緒に遊んでたってだけみたいだよ」
「そうなんですか?」
勢いよく何度も頷く。
「バンさんが呼び出されて、今は留守番。サエさんたちはちょうど雨宿りに来て」
「なんだ。そっか」
イチさんが全部説明してくれた。いい人だ。スズ君ががっかりしてる意味がわからないけど。デートに興味のあるお年頃なのだろうか。いや、オレも興味はあるけど。
「あ、そうだ。スズさぁ、さっき今度七夕やろうかって話出たんだけどどう?」
「いいですね!」
「え?オレそれ知らない」
「そりゃツカサが戻ってくる前に話してたからね!」
「つか、七夕って何すんだよ。飾りつけぐらいだろ」
「えー?あ、流し素麺とか」
「楽しそう!」
わいのわいのと盛り上がり始めてしまった。オレはここにいてもいいのだろうか。でも、万里先輩が戻ってくるまでは待ちたいし。
話を聞いてしまっていていいのだろうかと思いつつ、つい耳を傾けてしまう。本当に楽しそうだ。でも、それはもはや七夕じゃなくて流し素麺がメインなんじゃないか。そう思い始めた頃、三度ドアが開かれた。
「………増えてる」
万里先輩だ!
「西田君。ほら」
「あ、ありがとうございます」
リュウさんにタオルを渡され、万里先輩に駆け寄る。しっかりと濡れてしまっていた。
「万里先輩。お帰りなさい」
「あ、うん。………待っててくれたんだね」
「はい」
ふっと微笑まれて、ホッとした。
「………えっと、じゃあオレ、そろそろ帰ります」
「あ、ちょっと待って。送ってくから」
「いえ、大丈夫です」
急いで荷物をとってくる。
「先輩はしっかり服乾かして、ゆっくり休んでください」
「いや」
「今日は楽しかったです。ありがとうございました。それでは」
リュウさん達にも会釈をして、店を飛び出る。ドアが閉まる寸前、逃げられただとかうるさいだとか言っているのが聞こえた。
しばらく走って、大分離れてから歩調を緩める。雨は止んでいた。
逃げた。確かにそうなのかもしれない。だって、楽しそうだった。あの輪の中にいつもは万里先輩もいるんだと思ったら。当たり前だけど、オレといるよりあの人たちといる方が気楽で楽しいんだろうな、と。そう思ったら何か………何て言うか………。
「………」
………何なんだろう。
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