Happy bath time!
「ただいまー」
今までにどんなイベントをやったか、何故かその時の万里先輩の様子を特に聞かせてもらっていたら、誰か帰ってきた。
ん?帰ってきた?
「おーう。おかえり」
「あ、ごめんなさい!急いでたから」
「ん」
元気よく入ってきたのはまだ幼さの残る少年で。やっぱり雨に濡れていた。
こちらを見ると、顔を輝かせて近寄ってくる。
「イチさん!久しぶりです。サエさんも来てたんですね」
「うん。久しぶり。服、ありがとう」
赤メッシュ様は、笑みとともに軽く片手をあげて挨拶の代わりにした。何て言うか、この人は仕草の一つ一つがやけに男前だ。
その子は、オレの存在に気付くと、当たり前だけど不思議そうな表情を浮かべた。思わず姿勢を正す。リュウさんが口を開いた。
「ほい。タオル」
「あ、ありがとうございます。今はもう弱くなってきたんだけど、向こう出た時は本当にひどくて。………イチさん、すぐ着替えてくるんで、ちょっとだけ待っててください」
「気にしなくていいよ」
「でも」
「さっき、お風呂すぐ溜まるって言ってたし、ゆっくりあたたまってきなよ。もうしばらくいるから」
「………わかりました。じゃあささっとあたたまってきます」
ゆっくりで良いのにって、イチさんが困ったように微笑んでる。でもこの人、自分は断ってたよな。
その子はさっとカウンター横のドアから飛び出した。ら、リュウさんが慌てた声を出した。
「あっ、待て!スズ!」
「はーい?」
ひょっこりと、顔だけのぞかせる。
「今、ツカサが入ってるはずだ」
「ツカサさん?………なら平気だ」
少しだけ考えて、その子はあっさりとドアの向こうに姿を消してしまった。
「あっ…あー………まぁいっか」
困ったように笑いながら、リュウさんは頬をポリポリとかいた。
あの子が、イチさんに服貸したって子、か。後今更だけど、あのドアの向こうは自宅になってるのかな。向こうから服出てきたし、風呂もあるらしいし。
「でも良かったな。雨、弱くなってきてるってよ」
「あ、はい。万里先輩、あまり濡れないと良いですね」
弱くなっているという事は、もう少しで止むという事であればいい。そうすれば万里先輩が濡れなくてすむ。それとももう濡れてしまった後なのだろうか。だとしたらどうしよう。いや、どうしようもないのだけれど。
ふと気付くと、何故かリュウさんがきょとんとしていた。
え?
「ふぅ〜ん?心配なのは、そっちなんだ?」
赤メッシュ様は、ニヤーと笑っている。
え?
な、何か変なこと言ったっけ?
わけが分からず戸惑っていると、イチさんが説明してくれた。
「西田君の帰りの方を心配してたんだよ」
「あっ」
別に変なことや間違ったことを言ったわけじゃない。ただちょっとした勘違いをしたってだけだ。だけ、なんだけど、何か、何ていうか、何ってわけじゃないけど、何か。恥ずかしいというか、いたたまれないというか。
思わず、両手で顔を隠す。
「脈云々はともかく、ずい分と慕ってはいるみたいだな」
「ね」
そりゃ、万里先輩は恩人ですから!
ぎぎぎぃとやけに重たい音をたててドアが開いたのは、それから少ししてだった。首にタオルをひっかけた金髪さんは、風呂上がりでさっぱりのはずなのに何故か暗かった。
「確かにさ、スズとは銭湯行ったり、何度も裸の付き合いしてるけどさ、でも家風呂は、家風呂は何か違うだろ」
「あー………やっぱスズ入ってった?」
「リュウさんどんな教育してんだよ!」
「いやぁ………ははは」
リュウさんが誤魔化すように笑う。
不意に金髪さんがこっちを見て、目があった。楽しそうな、オレにとっては不吉な笑みを浮かべる。
「あれ?西田君じゃん。何?バンに連れてこられた?」
「………はい」
うぅ。
し、仕方ないんだろうけど、でも、そうやってオレの顔見る度万里先輩の名前出されると、何か、すごく仲がいいみたいで、どう答えて良いかわからなくなる。
「で、バンは?またケーで呼び出された?」
またって。並木先輩が何かやらかす度に、万里先輩は呼び出されているのか。
「今回は違うってよ。ツカサに連絡取れないからってバンが呼び出されたらしい。な?」
「………はい」
「え?オレ?てかイチもいんじゃん。それスズのだろ?やっぱ濡れたか」
「あっ」
思わず声を出してしまい、視線が集中した。しまったと言葉につまるものも、気になっていたことがあったのだと赤メッシュ様に視線をあわせる。
「あの、赤………サエさ………さん。訊いてもいいですか?」
赤メッシュ様と言いそうになり、サエ様と言いそうになり、どうにかさんと言えた。
「いーよ。何でも訊いて。ちゃんと答えるかは別だけど」
赤メッシュ様は、楽しそうに笑いをこらえている。何か、この人は本当に全部お見通しみたいな。
「………何で濡れてなかったんですか?」
「そりゃ、傘さしてたからね!」
「オレもさしてたけどな!」
朗らかな赤メッシュ様の声に、金髪さんの忌々しげな声が続いた。
結局、はぐらかされたということなのだろうか。説明を求めてイチさんに視線を向けたけど、答えはあっさりしたものだった。
「サエさんだから」
………そういう問題なのだろうか。リュウさんは、カラカラと笑っていた。
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