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おまけの弥生




「いってきまーす」
「あんま遅くならないようにすんのよ」
「わかってるって」

 靴を履き、玄関を出る。

 単にオレが出かけるだけなら、夕飯の有無を確認されるだけだ。明良と遊ぶと伝えてあるから、高校生を遅くまで連れ回すなと言っているのだろう。

 母親は実の息子より坂下姉弟を可愛がっている。

 隣の家を見上げる。

 明良はまだ家にいるのだろう。

 流石に、奈月と顔をあわせるのが気まずくて、明良とは外で待ち合わせている。

 一緒に遊ぶ。嘘は言ってない。ただ、これはデートなのだ。

 ……デートであるはずだ。

 いつの頃からか、二人きりで出かけようと誘っても、断られてばかりだった。あの一件があってからは、理由なく断られることはなくなった。外で恋人らしいことができるわけではないけれど、二人きりで出かけているのだからデートだ。

 キスを許してくれる。髪や頬に触れたり、抱きしめたりしても拒絶されない。結局、言葉での返事はもらえていないけれど、オレの気持ちを受け入れてくれてる。

 いまだに、夢みたいだ。

 ずっとずっと、特別だった。大切だった。いつからかだなんて、覚えていない。この感情は、当たり前のようにずっと存在していた。

 それがおかしいのだと知ったときは、ただ驚きしかなかった。

 だって、本当に特別なのだ。明良以上に大切なものなんて存在しない。明良に対するのと同等の、ましてやそれ以上の感情を他の誰かに向けるなんてありえない。

 普通ではないのだという。おかしな事なのだという。けれど、こればかりはどうしようもない。

 だから、ずっと見守ろうと決めた。

 必要以上にゆっくりと足を進める。待ち合わせ場所に着く前に、明良と合流できたらいい。

 好きだと、言ってくれる人はいた。けれどそれには応えられない。好きな子がいるからと断った。その時初めて言葉にして、改めて実感した。

 あぁ、オレは明良のことが好きなんだ、と。

 ずっと特別だった。ずっと大切だった。きちんと言葉にしたことで、その思いはより強まった。口にしたことが原因で、少し困ったこともあったけれど。

 オレが告白を断ったという話を、奈月が耳にしてしまったことがある。好きな子がいるとは本当かと、かなりしつこく聞かれてしまった。オレが告白されたことより、そっちに食いつくのかとその時は意外に感じた。

 相手の名前なんて、もちろん教えられない。どんな子なのかだって、下手な説明ではきっとばれてしまう。しかもその時、明良も傍にいたのだ。断るための口実だったと言う以外、言いようがなかった。

 そして先月。一度口実だと言ってしまった手前、奈月に納得してもらうのに苦労することとなった。

 明良と出会すことなく、待ち合わせ場所である駅前に着いてしまった。ゆっくり歩いていたとはいえ、大分早めに出たのだから仕方がない。当然、明良の姿はまだなかった。

 端によって、今きた道をじっと見つめる。とてもドキドキしている。デートだからという緊張も、もちろんある。本当は全部夢で、いくら待っても明良は来ないのではという不安も、ある。

 正直、同じ気持ちでも拒絶されるのではと、一瞬だけ思った。突き飛ばされて逃げられるか、罵られるか。それほどまでに、あの時の明良は頑なにオレの言葉を拒絶していた。

 けれど、明良はオレの服にしがみついて瞼を閉じた。身動きができなかったんじゃない。受け入れてくれた。

 強く唇を押しつけた。

 愛してると、言葉を込めて。

「……ずるいよな」

 ぽつりと言葉が漏れてしまって、慌てて口元を押さえる。さっと周りを確認したが、こちらを気にしてる人はいなかった。ホッとする。

 ずるいことをしたという自覚がある。

 想いを伝える気はなかった。ずっと見守っていくつもりだった。気持ちを、返してもらえなくてもいいはずだった。それなのに。

 望みがあるとわかったら、抑えられなくなった。

 伝えたくなったし、触れたくなった。誰にも、渡したくなくなった。帰るというのを引き留めて、聞きたくないというのを無視して、そうして。

 しかも、明良は平静じゃなかった。理性的な判断を下せる状態じゃなかった。感情的になってると、わかっていた。落ち着いているときだったら、違った結果だったのかもしれない。だからといって、今更改めて確認なんてするつもりはない。

 明良が、やっぱりなかったことにしてほしいと言い出さない限りは、このまま恋人面し続けるつもりだ。

 携帯が鳴った。明良からの連絡。今から家を出るから遅れるとのメッセージに、わかったと返す。

 愛してると、叫んでしまいたい。

 愛しくて仕方がない。

 罪悪感めいたものは、少なからずあるのだ。公言できない関係に引きずり込んだのだから。

 よくないことだと、誰も幸せになれないと、明良は繰り返していた。そうかもしれない。知ったら奈月はどう思うだろうか。母親にはきっとぶん殴られる。それでも、大丈夫だと強く抱きしめ言い聞かせた。

 誰かに何か言われたり、白い目で見られたりしたら、全部オレのせいにしてしまっていい。明良が負い目や責任を感じる必要なんて、一つもない。悪いのは全部、オレなんだから。

 だから周りを理由に離れてしまわないでほしい。

 気持ちがないというなら、仕方がないと諦められる。……と、思う。多分。今はあまり自信がないけれど。でも、周りのせいでだったら、絶対に納得なんてできる訳ない。

 オレは明良を好きで、明良は受け入れてくれてる。それで十分じゃないか。誰かにとやかく言われる筋合いはない。

 道の向こうに、明良の姿が見えた。それだけでテンションが上がって、笑みがこぼれる。駆け出したい気持ちを抑えて、早足で近寄った。気づいた明良は、僅かに難しい顔になる。

「明良っ」
「……遅れてごめん。出かけに電話があって」
「いーって」

 あぁ、オレが女だったら、今すぐ人目も憚らず抱きつくのに。

「じゃ、行こっか。本屋の後さ、映画見よ。今、明良の好きな監督のやってるだろ?」
「…………それ、もう、見た」
「えっ?」

 明良が一つため息を吐く。

「先に確認しとけば良かったね。今日はその原作探しに行くつもりだったんだよ。てかまだ興味ある程度で好きってほどじゃないし。それが目的だったなら、悪いけど……」
「いや、行く」

 明良が言い終わる前に、言い切る。

 明良がじっと見つめてくる。それに笑顔で答える。

「映画はまた今度、何か別の見に行こう。それはそれとして、今日の買い物にはついていきたい」
「……将太が、それでいいなら」
「ああ」

 話はおしまいとばかりに、明良は改札に足を向ける。その横に並んで歩く。あまりにニヤケていたのか、明良が不審そうな眼差しを向けてきた。

「……将太?」
「んー?」

 誰も幸せになれないと、明良は言った。

 けれどそれは違う。少なくともここに一人、幸せで仕方ない奴がいる。この幸せが、少しでも明良に伝わればいい。

 今はまだ、本当は同じ気持ちでないのかもしれない。でも、愛情を、喜びをたくさん渡して、いつかつきあって良かったと、幸せだと心の底から思ってもらえるようになったら。

 そうなったらいい。

 そう、なるように、目一杯大切にしよう。





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あきゅろす。
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