終末の如月2
それに気づいたのは、いつだっただろう。
昔からオレに優しくて甘かった。たいていのやりたいことはやらせてくれたし、してほしいことはしてくれた。
ごっこ遊びの時はやりたい役を譲ってくれた。好きなおやつの時は少し分けてくれた。逆に、嫌いな食べ物があった時には、こっそり代わりに食べてくれたり。
親に怒られたり奈月とケンカしたり。嫌なことがあった時や落ち込んだ時は、ずっと傍にいてくれた。
物心ついた時にはそうだったし、相手の方が年上だからそれが普通のことなんだと思っていた。友達の話す兄弟関係とは違ったけれど、実際に血が繋がっているわけじゃないし、人それぞれだからそういうこともあるのだろうで片づけていた。
きっかけは、本当に些細なことだったと思う。
向けられる眼差しや声のトーン。醸し出される雰囲気とか、そんなもので。ふとした瞬間に気づいてしまった。
あぁ、この人はオレのことが好きなんだ、と。
年下の幼なじみや弟としてじゃない。性愛の対象として。
意味が分からなかった。勘違いかとも思った。でも、そうだと仮定してみればたまにある違和感に説明が付いてしまう。疑念を持って気をつけてみても、確信が深まるばかりで。
本当に、意味が分からなかった。だってオレは男なのに。それなのに何で。ずっと近くにいたからとかなら、そこは普通奈月になんじゃないか。大体、物心ついた時からそうだったのだ。そのころからすでにだったら、ちょっとどうかと思う。まさか昔は性別を間違えていて、それを引きずってるって事はないだろうか。
唯一の救いは、想いを伝える気はなさそうだ、ということ。
伝えられても応えられないのだから困る。
向こうもそれはわかっていて、だからこそ言うつもりはないのだろう。ならばこのまま気づいてないフリをして、放置しておけばいい。その内きっと気持ちの整理がついて、他に目がいくはずだ。
しばらくの辛抱。そう、思っていたのに。
いつまでたっても、優しかったし甘かった。とても大切にされていると実感できてしまう。それが嫌だった。
だって、その優しさは恋情から来ているのだ。でも、オレはそれに応えられない。一方的に与え続けられてるのは、まるで悪いことをしているみたいだ。
どうして諦めてくれないんだろう。何で、そんなに拘るのだろう。どこが良くて、そこまでの想いを向けてくるのか理解できない。いくら距離をとって、冷たく接しても無駄だった。
ただただひたすら愛情を注いでくる。
いっそ、嫌われた方が楽だ。その想いが重くて仕方ない。
だから早く他の人に意識を向けてほしかった。それが難しいなら、断り切れなかったっていう理由でもいい、誰かと付き合ってほしい。形だけでも続けていれば、情は生まれるはずだから。その方が幸せになれる。
オレは応えられない。
―――応えるわけにはいかないから。
目を覚ますと、薄暗い、見慣れない部屋だった。ゆっくりと身を起こして、辺りを確認する。少しぼんやりしてから、将兄の部屋だと気づく。
あぁそうか。寝てしまったのか。
混乱して、とうしたらいいかわからなくなって、何を口走ったか覚えていない。ずっと抑え込んでいたものを、全部ぶちまけてしまった気がする。
将兄が落ち着かせようと何か言っていたけど、耳に届いていなかった。ただ、強く抱きしめられた温もりは、覚えている。
そっと、唇に触れる。
「……将、兄」
押しつけられただけのそれが甦る。
胸が苦しくなる。息が詰まる。
こんなはずじゃなかった。誰も幸せになれない。拒絶するべきだった。わかってる。でも、わかっていた。拒絶、できないって。だから、望みがあるなんて思わせてしまわないよう、気をつけていたのに。
もう一度、暗い室内を確認する。床に布団がひいてあって、将兄はそこで寝ていた。
ベッドから下り、寝顔を見つめる。
「……将太」
こんなはずじゃ、なかった。
大学に進んだら、お金を貯めて、留学してしまおうと決めていた。できればそのまま向こうで仕事を得て。物理的に距離をとってしまえば諦めがつくと、さすがにそうなれば他に目が向くと思ってたのに。
もう、無理だ。
想いを伝えられてしまっては、離れられない。
そっと指をのばし、頬に触れる。唇が震える。
「……好き」
感情が、言葉が溢れ出す。涙が頬を伝う。
「愛してる」
両想いになんて、なりたくなかった。
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