終末の如月
何となく予感がしたのは、去年までと奈月の様子が違ったからだった。とうとうこの時が来たのかと、人のいなくなった玄関を見つめる。
いつもはなんてことないように、義理だと言ってオレにも一緒にくれていた。けれど今年はやけに緊張して出かけていった。つまりはそういうことなのだろう。
リビングのソファに倒れ込む。
友達にならとにかく、家族にわざわざ報告はしないだろう。しばらくしたら母親あたりが気づきそうだし、何か、そういった事が耳にはいるまでは、気づいてないフリをしておこう。
これでようやく少しは楽になれる。やっと、一歩前に進む。そう、思ったのに。
事態が違う方向に進んでいると知ったのは、家電がかかってきて。今手が離せないからと母に命じられでた電話は、先輩からのもので。内容は、今日奈月が先輩の家に泊まるというもの。最後に苦々しく告げられた嫌味に、何があったかを察した。
まさか。だって。何でそんな。そんな事、あるはずないのに。どうして。
頭が真っ白になる。
どうにか伝言だけつたえて、隣へと急ぐ。通された部屋では将兄が物思いにふけっていて。オレの訪れを知ると、驚きを見せた。
「珍しいな。明良がこっち来るの」
「今日、奈月に会ったよね?」
「……あー……」
返事も前置きもなく訊ねる。将兄は気まずげに視線をそらした。カッと、頭に血が上る。
「断ったの?」
「っ!何で知って……」
「断ったんだ。何考えてんだよ。馬鹿だろっ」
つめより、胸ぐらをつかむ。
「奈月まで断って。どうすんだよ。ずっと一人でいるつもりなのかよっ!」
「明良?」
「んでっ……どうせ、どうせっ」
どうせ、告白なんてできないんだから。
「……どうせ、好きな奴いないんだから。誰のことも好きにならないんだから。だったら、奈月でいいじゃないか。早く誰かと付き合えよ。いい加減にしろっ」
「明良、ちょっと落ち着けって」
だって、そう言った。
告白されて、好きな人がいるからと将兄が断ったという話を聞きつけて、奈月が問いつめた時に。断るための口実で、本当は好きな人などいないと、将兄は言ったのだ。
だったらそれを事実にしなくちゃ。そうでなければならない。好きな人がいないなら、奈月と付き合ったって、何も問題はない。
「っ、あれだけっ、一途にずっと想われたらっ、普通気づいて、そんで絆されるだろっ。何考えてんだよっ。馬鹿だろっ」
いくら吐き出しても足りなくて。頭がゴチャゴチャになって、言いたいことをうまく形にできない。苦しくて悔しくて、でももうどうしたらいいのかわからない。
胸ぐらをつかんだまま、俯く。泣き出しそうな顔なんて、見られたくなかった。唇をかみしめる。
痛いぐらいの静寂が訪れた。
「……普通気づいて絆されるって」
やがて、ぽつりと、頭上から聞こえた声。
「だったら、明良は……」
「っ!」
将兄が何か言い切る前に、勢いよく顔を上げてしまった。将兄が目を見開く。
あ、しまった。
「明良?」
「帰る」
将兄から手を離す。その手首を捕まれた。
「明良。まさかお前……」
「知らない。もういい。もう帰る」
身を翻して逃げようとするも、将兄に阻まれる。手首をつかむ手が強くなる。
「帰る。離して」
「普通、気づくって、絆されるって。まさか明良……」
「帰るっ」
将兄が視界に入らないよう、必死に顔を背ける。見たくない。聞きたくない。今すぐここから逃げ出したい。
「奈月だけじゃない。誰とも、ずっと付き合ったりしないつもりだったんだ」
「聞きたくない」
「好きな相手のこと訊かれても、答えられないんだから、告白なんてするわけいかないんだから、いないって言うしかないじゃないか。でも、」
「聞きたくないっ!」
「明良っ!」
大声で名を呼ばれ、思わず将兄を見る。真剣な、でも僅かに期待に満ちた表情。
こんな顔、見たくなかった。
「ずっと前からっ……オレが好きなのは明良なんだ」
「……っ」
目の前が真っ白になる。
唇が、身体が小刻みにふるえる。喉の奥が張り付いて、何も言葉が出てこない。頭が動かない。立っているのが、辛い。ここから消えてしまいたい。
「な……んで……」
何で、言っちゃうんだよ。どうして。その言葉だけは口にしちゃいけなかったのに。聞きたくなんて、なかったのに。
「気づくって、絆されるって言ったよな?なぁ、明良。もしかして……」
「言いたく、ない」
「はっきり言ってくれなきゃ、都合のいいように解釈しちまう」
「……言えないっ」
「なら、言わなくてもいい。その代わり……」
拘束を解かれ、代わりに頬に手を添えられた。ぐっと、顔が近づく。
「嫌なら、オレの勘違いなら、突き飛ばして拒絶してくれ」
そ、んな、こと。
「そしたら、もう二度と口にしない。でも、勘違いじゃないなら……」
さらに、顔が近づく。
ズルい。卑怯だ。こんなやり方。
今すぐ突き飛ばして、ここから逃げるべきなのに。そうしなきゃいけないってわかってるのに。身体が竦む。胸が苦しくて息ができない。
拒絶なんて、できない。
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