師走の励まし
期限の過ぎた課題を提出しに職員室に行ったら、ついつい話し込んでしまった。教室に戻ると、大樹がひとり机につっぷしていた。
ドアの音で気づいたのか、大樹が顔を上げる。その眼は何故か虚ろだった。
「……明良。まだいたのか」
「あー……うん」
何事だろうと、前の席に腰かける。
「何?何かあったの?」
「今日、これからカラオケに付き合ってはくれまいか」
「あ、ごめん。パス」
「何でだよぅー」
こっちの質問をまるっと無視してなされた提案を、あっさりと断る。大樹は力つきたかのように机に再度つっぷした。ゴンッと額の当たる音が響いた。
「今月色々入り用だからさ。できる限り出費は抑えたい。カラオケなら恭孝誘えば?」
オレらがカラオケ行く場合、たいてい恭孝が言い出しっぺだ。だから、余程のことがない限り、断られることはないはず。
「恭孝ならもう帰ってる」
「……本当だ」
首をのばして机を確認すると、確かにカバンは見当たらない。
「それに、何か最近変だし」
「あー……」
変というか、ピリピリしているというか。どうも砂川さんと何かあったらしく、二人の間の空気が奇妙なことになっていた。詳しいことは六郷も聞いていないようで、心配していたけれど。
「じゃあ、諦めるか一人で行くかすれば?」
「冷たいっ。親友が落ち込んでんだから、励まそうとしてくれよっ」
「何かあったって訊いたよね?」
勢いよく顔を上げた大樹にそう告げると、わずかにひるんだ。少し悩む素振りを見せ、やがて口を開く。
「…………相手が誰かまでは、言えないのだが」
「うん」
「ふ、振られた」
何か、少し前にもこの手の話題あったな。
「玉砕するのわかってて告白したんだ」
「決めつけるなよ」
「でも振られたんでしょ?」
「そうだけどさぁ」
言って、大樹は再びつっぷした。
「イケると思ったんだよ。今年に入って話す機会格段に増えたし。何なら向こうから積極的に声かけてきてくれてたし。気のせいでなけりゃ、ふ、二人きりになろうとしてくることさえもっ」
それは、確かに気のせいではない。ただ、大樹と云々というより別の目的があってのことなんだよな。まぁ、その過程で少しは意識するようになるかなって期待はしてた。見事に脈はなかったけど。だからこそ、この結果だ。
「でも、違ったんだ。お友達としてしか認識してなかったって。クリスマスは、恋人と過ごしたかったのに」
「それで焦って告白したのか」
本人はいい感じだと思ってたわけだから、むしろ満を持してのつもりだったのかもしれないけれど。
慰めてほしいようだけれど、特に言葉が見あたらない。どうするか。少し悩んでいると、大樹がこちらをじっと見つめてきた。
「ん?」
「……明良、さぁ」
何やら言いにくそうにしているが、どうしたのか。
「明良は、その、気になる奴とかいないのか?」
「うん?」
「ほら、明良、クラスに仲のいい女子とかいんじゃん。やっぱ気になる奴いるのかな〜って」
ちらちらと窺うようにして訊ねてきた。
これは、もしかして疑われているのだろうか。確かにオレも話す機会増えた。それに、ちょっとした仲間意識すらある。親しくしている自覚は、まぁ、ある。
「いないよ」
「本当に?」
「本当、本当」
疑わしげな眼差しだなぁ。
「まぁ、ちょっと憧れてる先輩ならいるけど」
「えっ?」
これぐらいなら、言ったところで何ら問題はないし、疑いも晴れるだろう。そう思って口にしたら案の定、大樹は食いついた。
「誰だっ?」
「誰って、自分は言えないって言っときながら」
「いや、そうだけど……でも、仲のいい先輩なんていたか?」
「仲は、まぁ、それほどでは。本人に言ったら嫌がられたぐらいだし」
「えっ?」
瞬間、大樹の目が憐れみに染まる。
「あ、明良も振られてたのかっ!」
「いや、振られた訳じゃ」
「でも告白して、嫌がられ……いや、いい。皆まで言うな」
「自分で訊いときながら」
そもそも、告白したわけでもないし。
「そうか。明良。つらかったな」
「いやだから……てか今は大樹が振られたって話してたはずだよね?」
「だって、オレは嫌がられまではしていない」
可哀想にという眼差しを向けられてしまった。
やたら励まそうとしてくる大樹の相手をしていたら、見回りの先生にもう下校時刻だから帰れと教室を追い出されてしまった。外はすでに暗い。
元気出せよとまだ言う大樹と別れ、一人帰途につく。吐く息は白かった。空気がひどく冷たい。
辛くもないのに慰めようとしてくるから、結構疲れた。ただ、まぁ、自身の失恋のショックは脇に行ってしまったようなので、結果は良かったのかもしれない。オレは、本当に疲れたけれど。
「……明良?」
ぼんやりと歩いていたら、声をかけられた。
「今帰りか?随分遅いな」
「……何だ。将兄か」
「おい」
「急に声かけられたから、ビックリした。友達とさ、話し込んじゃってたらこんな時間になっちゃって」
「へぇ」
並んで歩きながら、適当に話してく。こっちは寒いし疲れてるしでテンション低めなのに、将兄は楽しげだ。
「じゃあ」
「ああ」
玄関の前で、別れを告げる。ドアを開けようとしたところで、躊躇いがちに名前を呼ばれた。
「明良」
「ん?」
「あー……っと、おやすみ」
「……おやすみ」
他愛ない挨拶に応じただけなのに、将兄は嬉しそうな表情になった。何だかそのことが少し、面白くない。
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