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休息の時はいずこ




「ニシっお前無事だったか?」
「……え?………あぁ…うん」

 ふらふらと教室に戻ったオレは、心配した友人に出迎えられていた。

 うん。まぁ並木先輩に捕まった瞬間、助け求めて視線を向けたのにすごい勢いで反らされたけどね。気にしてないよ。オレだって立場逆だったらそうしてたし。

 うん。気にしてない。

「ケガは…してないみたいだな。何があった?」
「………………何?」

 なにがあったんだろう…?オレも、それを誰かに聞きたい。起きたことが理解できてない。

 あまりに、突然すぎて。

 あまりに、意味不明すぎて。

 生きて教室に戻れた実感がまだわいていない。

「ニシ?大丈夫か?」
「………え?」
「保健室で休んだ方が良くないか?」

 保健室?

 別に具合が悪いわけでも、気分がすぐれないわけでもないのに。でも、このまま授業出ても何も頭に入らないよな。すでに一杯すぎて。

「うん。そうしようかな」

 付き添うと言う友人の言葉を丁重にお断りして、午後の授業は休むことにした。保険医には怪訝そうな顔をされたけど、ベッドは貸してもらえた。

 これってサボりになるのかな。

 調子悪いのは嘘じゃないんだけど。

 まぁいいか。一眠りすればある程度落ち着いて、頭の中も整理されるだろう。今日はメチャクチャ濃い一日だった。明日はきっといつも通りの日常だろう。

 極度の緊張と恐怖のせいで疲れていたから、瞼を閉じたらすぐに睡魔が訪れた。

 気持ちよく寝ていると身体の上に重みがかかり目が覚めた。何だろうかと目を開き、金縛りにあったように動けなくなった。

 神様。

 明日には日常をとは言いましたが、だからって今日の残りに災難を詰め込まなくてもいいんですよ?

 何故かオレの上に並木先輩がいました。

「あ、起きた」

 起きましたよ。

 てか、何をしているのでしょう。こんなところで、そんな体勢で。

 そんな体勢というのは、オレの腹の上に股がり、両手を頭の脇についた体勢。あらぬ誤解を受けそうな状態なのですが。

 てか、なんでそんなにボロボロなのでしょう。顔に痣までありますよ。

「ん?あ、これ?バンにボコられてさぁ〜」

 視線に気づいたのか、わざわざ説明してくれた並木先輩。バンって万里先輩だよな。あ、あの後、何がどうなってそんな状況になったんだ?

 てか、若干嬉しそうに見えるのはなぜ?あんた実はマゾなのか?

「け…怪我の治療に来たのなら、先生に……」
「センセーなら逃げたけど?」

 生徒をおいて逃げんな!何考えてんだあの保険医!

 オレも今すぐここから逃げ出したい!

「え、えっと、オレお邪魔でしょうし…教室に戻りますね」

 だから早くそこを退いてください。解放してください。

 逃げたくて仕方がないのに。並木先輩はニッコリと、心底楽しそうに笑った。

「ダメ」

 何でっ!?

 そう思った瞬間、首筋に何やら生暖かいものが這った。

「うぎゃあっ!」
「アハハ!面白い声!」

 い、今、今なんか、舌が、舌で、な…舐め…?ええぇ?あああ、あり得ねぇ!

「ななな…」
「ねぇ、オレ、バンにボコられて傷ついたの」

 だったらオレになんか構ってないでとっとと手当てしろ!

「だから歩君が慰めて?」
「なな何を、言って…」
「身体で慰めて?」

 ………………………。

 時間が止まる衝撃的な言葉って、実在するんですね?

 って違う!現実逃避してる場合じゃない!

「………さ、サンドバッグ?」
「セックス」
「………っ!?」

 いーわーなーいーでー!

 無理無理無理!無理だから!本気で無理ですって!いや、サンドバッグだって嫌だけど、それはない。マジあり得ないから!

 逃れようと必死でもがくが、薄い掛け布団の上から押さえ込まれているせいで、身動きがほとんどできない。

「言っとくけど、抵抗したら殺すから」
「………ぁ」

 底冷えするような冷たい笑み。恐怖で身がすくんで、動けなくなった。

 並木先輩の片足が。掛け布団越しに足の間に割り込んでくる。中心のモノを刺激するように、足が動かされる。

「………ゃ」
「や、じゃねーの。もっとしてくださいだろ?」

 な…に、これ。

 何が起きてるのか、理解したくない。

 嫌だ。怖い。身体が小刻みに震える。喉の奥が渇いて、上手く、息が吸えない。

 何、これ。

「………っ」

 並木先輩の手が、首筋に触れ、そのまま辿るようにシャツの中に忍び込もうとしている。

 嫌だ。ヤダ。

 怖い。怖い怖い。

 誰か。

 こんな…

 学校で、真っ昼間に、男に無理矢理なんて…!

「ハッ、ねぇ?泣きそう?泣いちゃう?クククッ…」

 楽しみだなぁと、心底楽しそうに笑う並木先輩が吹っ飛んだ。

 ………………………。

 え?吹っ飛んだ?

 え?あれ?な、何?

 並木先輩が隣のベッドに当たって床に落ちる音。続いて、地を這うような低い声が保健室の中に響いた。

「ねぇ?何やってんの?」

 万里先輩のご登場です。

 慌てて飛び上がり、ベッドの端に避難する。それほどまでに尋常じゃない空気を万里先輩は身に纏っていた。部屋の温度が異常なまでに下がってる。

 何でいきなり出てきてブチキレてんの、この人!

「………っ」

 目が、合った。視線をそらせないでいると、万里先輩の目がわずかに見開かれる。そして、たちまち険しくなった。

 な、何?

「お前さ、ちゃんと脳みそ入ってる?それとも日本語通じないわけ?」

 並木先輩の倒れているであろう方向を睨み付け、万里先輩が言う。その声を受けて、並木先輩が上半身を起こした。両手をベッドの上にのばす。

「アハハ!ねぇ、怒った?怒ってる?」

 バシバシと楽しそうに、子供みたいにベッドを手で叩く。笑顔がキラキラしている。

 今あなた吹っ飛ばされたんですよ?何が楽しいんですか?てか、この空気の中でよく笑えますね。やっぱマゾなんですか?

「西田君」
「はいぃぃっ」
「悪いけど、ちょっと待っててくれる?」
「………へ?」

 ま、待つって何を?

 こちらの混乱をよそに、万里先輩はベッド越しに笑い続けてる並木先輩の胸ぐらをつかんだ。

「お、何?また遊んでくれんの?」
「………………」

 万里先輩は無言で並木先輩を外に連れていきました。

 え、え〜っと?早くここから逃げ出したいのですが。あれ?でも、待ってろって…戻ってくるのか?何で?てか、ならやっぱ今の内に逃げたいんだけど。

 ど、どうしよう。悩みに悩みきって、やっぱり今の内にとか思って、ベッドから下りようとしたところで、ガラリとドアが開いた。

「西田君、大丈夫?」
「はいっ!」

 反射的にベッドの上で正座する。怖くてまともに見ることができず、俯く。

「さて、あいつに何された?」
「っ!?」

 ついうっかり舐められた首筋を手で覆ってしまう。顔は上げられないままだけど、上から降る視線が痛い。

「………」
「………」
「……何も…」
「……西田君?」

 物凄く冷たい声。何でこんな状況に落ちいってんだ?何で、こんなこと万里先輩に詰問されているんだ?

「素直に」
「……首を、舐められました」

 有無を言わさぬ口調に逆らえるわけもなく、消え入りそうな声で事実を告げる。

 ううっ、早く忘れ去りたかったのに。

「そう、他には?」

 ブンブンと勢いよく首を横に振る。わかったとのお声が聞こえ、遠ざかる気配がした。何が、わかったなのだろうか。ガチャガチャと棚をあさる音がしているのだけれど。

 不思議に思い、顔をあげると怖い顔した万里先輩が戻ってきた。

 手には何やら脱脂綿を摘まんだピンセットを持って。

 展開についていけず眺めていると、おもむろに脱脂綿が首に押し付けられた。

「うわぁ」
「冷たいけど、少し、我慢して」
「な、な、何……?」
「消毒」

 短く答える万里先輩。

 相変わらず怖い顔したままだし、空気も冷たいままだけど、首を消毒する手つきだけは異様に優しくて。

 どうしていいかわからなくなって、大人しくされるがままになっていた。

 やけに念入りに、首全体を消毒し、漸く万里先輩は満足したようだった。

「よし。じゃあ、おやすみ」
「……え?」
「ん?寝てたんでしょ?」

 いや、確かに寝てましたけど。でももう眠気なんてどっか吹っ飛びましたよ。あんなことあった後に寝れるわけありませんて。

 しかもよりにもよって万里先輩の目の前だなんて。

「大丈夫。アレがまた来ないように、見張ってるから。安心して寝ていいよ」

 見張りって、先輩にそんなことさせられません!

 って、言いたいのにチキンなオレは結局押しきられる形で横になった。

 すぐ横には万里先輩。

 寝れるわけがない。こんな状況で寝れるわけなんてないのに……いつの間にかグースカ眠ってしまっていました。

 どうなのよ、オレ。

 でも、だから、万里先輩が寝てるオレをどんな表情で眺めていたかも、そっと、優しく髪を撫でられたことも、オレは全く知らずにいた。






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あきゅろす。
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