[携帯モード] [URL送信]

衝撃の文月




 何故か遊園地に行くことになった。将兄と。

 余計なことに、オレが遊園地に行く予定あったと知ったらしい。ある意味オレはただの付き添いだったのだから、その埋め合わせにだとか何とか言っていた。

 ‘遊園地に行く’事ではなく、‘友達と遊ぶ’事が第一の目的だとは思わないのだろうか。単に将兄が行きたいだけに決まってる。

 男二人で行っても薄ら寒いだけ。だから他にも誘うことにした。とはいえ、共通の知り合いなど限られている。

 奈月は受験生だけど、気分転換にと声をかけた。てか、将兄を餌にしたら簡単に釣れた。まぁ余裕あるみたいだし。

 そしてもう一人は、

「なっちゃん、あっくん」
「未紗姉!久しぶり!」

 笑顔で手を振る未紗姉に、奈月が勢いよく駆け寄る。本当に久し振りだけど、元気そうで何よりだ。

 未紗姉は将兄の親戚で、小学校の頃にこっちに引っ越してきた。スラッと背が高くて、足が長くて、顔は小さくて。美人というよりは格好いい人だ。最近はあまり会えていなかったから、今日一緒に遊べて嬉しい。前より髪が伸びてるせいか、少し雰囲気が柔らかくなった気がする。

 ちなみに未紗姉には妹が一人いる。あまりオレたちと関わる気はないらしく、会ったことはほとんどない。ないけどオレは嫌いなのでちょうどいい。

 未紗姉がこちらを見た。軽く手を振ると、笑って振り返してくれた。うん。何よりだ。それに、こうして遊びに来れるということは、少しは余裕ができたということだ。良かった。良かった。

「そういや、ここのお化け屋敷、春にリニューアルしたんだよね」

 ふと、そんなことを呟いたのは、アトラクションをいくつか堪能した後だった。ちょうどその建物の前を通りかかり、思い出したのだ。それもあって、行こうという話になっていた。

「あー……恐怖倍増!だっけか?」
「クラスの女子は笑いっぱなしだったらしいけど」
「……怖すぎて?」
「違うみたい」

 将兄と奈月が不思議そうに顔を見合わせた。未紗姉が首を傾げる。

「なら、そんな怖くないんじゃん?」
「……でも恐怖倍増」
「そもそもがそんなに怖くなかったってことじゃない?」

 ねぇと未紗姉に同意を求められ、曖昧に答えとく。多分、すごく怖くなっているはずではあるのだ。

「どうする?入ってみる?」
「……私も怖いって聞いてたけど、そんなん言われたらどんななのかすごく気になる。笑いっぱなしって」
「じゃ、行こっか」

 半信半疑ながらも奈月も興味を持ったようで、女性陣はさっさと足を進める。将兄はでも恐怖倍増と乗り気でない様子だったが、未紗姉に怖いなら一人で待ってればいいと言われ腹を決めた。そして――

「いやぁぁーっ!……どこがっ?どこに笑いのポイントがっ!?」
「ほら見ろ!やっぱ恐怖倍増だったろっ!」
「いや、元を知らないから比べようないって。……おぉっ」

 奈月は軽くパニックになりかけてた。将兄も結構ビビってるようではあるが、男としてのプライドなのか年上としてのプライドなのか何とか耐えている。時折、何かにすがりつきたそうに手が彷徨っているが。

 未紗姉はあまり怖がってないように見えるけど、将兄や奈月が先により怖がってるから怖がりそびれてるだけかもしれない。横にパニックになってる人がいると、案外自分は冷静になれてしまうものだ。

 かくいう、オレも怖がるタイミングを逃してしまっている。

「前は一本道だったよ。何か意味ありげな小物も増えた気がするし。全体的に変わってるから、純粋に比較できないけど」
「あれ?あっくん来たことあるの?」
「うん」
「てか、あまり怖くなさそうだね」
「怖くはあるよ。でも……」

 言って、未紗姉にしがみついてる奈月を見る。それだけで納得してくれたって事は、やっぱり未紗姉も同じなのだろう。

「……あ」

 何か足下に当たってると見てみたら、靴ヒモが解けていた。ちょっと待ってと声をかけようと思って、でもまぁいいやとそのまましゃがみ込む。ついでに反対側もゆるんでいたので結びなおした。

「明良」
「……ん?」

 顔を上げると、何故か将兄がいた。

「ビ……ビったぁ。気づいたら姿見えなくなってっから」
「……靴ヒモ解けて」
「声かけろよ。ほら、行くぞ」
「ん」

 並んで歩く。けど、少しずつ将兄の歩く速度が早くなってきている。あげく、手を捕まれ早足で進むに至った。少し前を行く、将兄を眺める。

 よほど怖くて、早く出口に向かいたいのか、結構強く手を捕まれている。まぁ、わずかな距離とはいえ心配して一人戻ってきてくれたのだからと、ふりほどくことはしなかった。

 やがて現れたドアを開くと、何もない通路。暗がりの先にもう一枚ドアが見えた。もはや走る勢いで将兄がそのドアに近づく。そうして――

 将兄の悲鳴が響き、外の光に包まれた。

 最後のドアを開ける寸前、ドライアイスなのか冷たい空気が噴出されたのだ。腕の長さの分、後ろにいたオレは直撃を免れたが、直撃された将兄はとうとう悲鳴を上げた。オレはむしろその声に驚いた。

 力尽きた将兄は、今は明るい太陽の下、地面にしゃがみ込んでいる。一足先にでていた奈月が心配そうに声をかけている。

「あっくん達、遅かったね」
「オレが靴ヒモ解けちゃって」
「そ?」

 問いかけるような眼差しに、大丈夫だと笑みで返す。

「それにしても最後のにはビックリしたよね。手前で手を振ってる人がいたから、それが最後だと安心しちゃって余計驚いたよ」

 ……ん?手?

 未紗姉の言葉に首を傾げる。何故かビクッとした奈月が、強ばった顔でこちらを見た。

「手を振ってる人?」
「いたでしょ?最後の通路に。水色のワンピース着た女の人。場違いに普通の人だから、他のお客さんかとも思ったけど。でも、軽く手を振ってきたからスタッフかなって」
「オレたちの時はいなかったけど」
「あれ?」

 未紗姉が首を傾げる。

「じゃあ、毎回いるわけじゃないのかな?」
「……未紗姉、さ」

 奈月が、言いにくそうに口を開く。その表情はひどく硬い。

「最後の通路に入った時、驚いてたでしょ?それで、ちょっとビックリしただけって」
「ん?うん。いきなり普通の人がいたから……」
「私、何に驚いたんだろうって周り見たけど、何もなくて」
「……え?」
「しかも、未紗姉、何もない壁に向かって手を振り始めて何してるんだろうって途端に冷たい空気がブワッてっ!」

 ひきつった声で一気にまくし立てた奈月。オレも、未紗姉の話で気になったところがある。

「さっき、水色のワンピースって言ってたけどさ」
「え?うん」
「何であの暗がりで、水色ってはっきりわかったの?」
「…………あれ?」

 何故か周囲の温度が数度下がった気がした。





[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!