皐月のお出かけ
「しょーた君っ!いらっしゃい!」
「おー、美幸ちゃん大人っぽくなったなぁ」
「ふふふ」
玄関に入ったとたん、将兄に抱きつく勢いで美幸ちゃんが迎えてくれた。すごくめかし込んでる。お誕生日会は明日なのにこの張り切りようはつまりはそういうことだろう。
「あっくんもいらっしゃい」
「……お邪魔します」
忘れられてはいなかったようで挨拶はされた。でもすぐに意識は将兄に戻る。嬉しそうにあれこれ話しかけていた。
本当にどこがいいのかがわからない。
おじさんは後ろで悔しそうに歯軋りしている。
「……おじさん、お久しぶりです。これ母から」
「……ああ。いらっしゃい明良君。井上君も元気そうで何よりだ」
「……そうですね」
ギリギリと音が聞こえる。今なら憎しみで人が殺せそうだ。
「あらあら、明良君こんにちは」
「あ、おばさん、よろしくお願いします」
「こちらこそ、来てくれてありがとうね。ほら、美幸。お兄ちゃんたち疲れてるんだから、お部屋にご案内してあげなさい」
「はーい」
美幸ちゃんが将兄の手をひっぱる。
「しょーた君こっち。あっくんもー」
一休みする間も夕食中も、美幸ちゃんは将兄にベッタリだった。子供の相手がうまいのか、女性に慣れているのか、将兄が対応に困ってる様子は微塵もない。
むしろ、精神年齢が同じなのだろうか。
そうして、オレが風呂から出てきた今は、おじさんの晩酌の相手をさせられていた。なかなか忙しそうだ。
「井上君はあれかな、美幸のことは本気か?」
本気だったら犯罪だ。
「いやぁ、今だけですよ」
「何ぃっ!?遊びだと言うのか!美幸の純情を弄ぶとはっ!」
「じゃなくてですね。美幸ちゃん、素敵な女性に成長しますから。そしたらオレなんて相手にされなくなりますよ」
「そうかっ、そうだよなぁっ!」
盛り上がってるなぁ。てかおじさん酔ってるよな。
軽く声をかけて、先に部屋に戻る。ベッドに入って携帯を確認したら、友人からメールが来ていた。内容は明日の遊園地の参加メンバーに関して。六郷にチケットを渡したものの、恭孝と大樹には知らせていない。六郷も、砂川さんには誰がいるのか言っていないはずだ。
明日になってのお楽しみとだけ返しておく。
オレが行けないからこそこのメンバー構成になったわけだけれど、できることなら影ながら観察したかった。まぁ、報告もらえることになってるけど。
布団を被り、瞼を閉じる。そして深く息を吐く。疲れた。
電車を乗り継いでここまで来た。その間将兄はやけにテンション高めだった。着いてからはその相手から解放されたけど。
とにかく今はゆっくりと眠ろう。睡魔に逆らうことはせずに、身体を沈める。
どれくらいかたった頃、ガチャリとドアの開く音で意識がわずかに浮上した。将兄が寝に来たのだろう。せっかく気持ちよくうとうとしてたのに邪魔をされた。
「……明良?」
「…………」
「寝たのか?」
片足、夢の世界に突っ込んでる状態から抜け出す必要性を感じず、無視して再度眠りにつこうとした。
ギシリと、ベッドの縁に重さが加わる。
一瞬、息が止まりかけた。
動く気配はない。将兄が、ベッドの縁に腰かけている。何をしているのか。起きていると気づかれぬよう、意識的にゆっくりと呼吸する。視線を感じてならない。
寝ているフリなんてする必要ないのに。今さら、起きられない。こんな状況で。
痛いくらいに視線を感じる。せめて何か動きを見せてくれれば。そうすれば対処できるのに。何もないから動けない。早く。早くもう一つのベッドに入って寝ればいいのに。そんなところでじっとしていないで。
堪えきれなくなりそうになった頃、衣擦れの音がした。ピクリと反応しそうになる。ため息が聞こえ、ベッドにかかっていた体重が消える。
パチリと電気を消す音。ベッドに入る気配。それでも意識は集中させたまま。寝息が聞こえてきて、ようやく身体の力を抜くことができた。
瞼を開いて暗闇を見つめる。何も考えたくない。深く息を吐き出して、それから眠りについた。早く家に帰りたい。
「明良っ!」
「ん?どうかした?」
「ど、どうしたもこうしたもあるかっ!」
休み明けに登校して早々、すごい剣幕の大樹につめよられた。予想していたことではあるが。
「遊園地!何で……っ!」
「あ、ちゃんと合流できた?よかったー」
まぁ、もうメールで報告もらってるから大体のことは知ってるけど。
「ほら、女子がいた方が盛り上がるかなって。恭孝と砂川さん接点あるし。そしたらあと一人は六郷かなって。妥当な判断でしょ?」
「〜〜っ!」
あ、走って逃げてった。わっかりやすいなぁ。
「明良、はよー」
「あ、恭孝。おはよー」
「どうしたんだ?あいつ」
「さぁ?」
つってもまぁ、理由はわかってるけど。
「休み、どうだった?親戚の誕生日だっけ?」
「あぁ、ほぼ付き添いだったからね。所在なかったよ」
「ふぅん?」
「そっちは?遊園地楽しかった?」
「あー…まぁ、それなりに?」
この返答も、予想範囲内だ。
「……明良、さぁ」
「うん?」
「……前に言ってた、大樹のって」
「何か言ってたっけ?」
「あー……」
言いにくそうに呻き声をあげ、恭孝は視線をそらした。しばらく悩む素振りを見せたが、結局はあきらめたようだ。
「いや。何でもない」
「そう?」
「それより、何で莉子だったんだよ」
嫌そうな顔をする恭孝に、わざとらしく首をかしげて見せた。
「だって、仲良いじゃん。幼馴染なんでしょ?」
「……いや、つーかお化け屋敷で笑い出すような奴と行きたくねぇよ」
「………怖くて?」
「いや。テンションあがって」
「え?砂川さんってそーなの?」
「そーだよ」
何それ聞いてない。意外だ。ちょっと見てみたかった。
「やっぱそっち行きたかったなー」
思わず机につっぷすと、頭上から笑い声が聞こえた。
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