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さよなら平穏




 廊下に出たら不良に捕まりました。

「ねー、西田歩ってどいつー?」

 そう言ってオレの腕をつかんでいるのは二年の並木先輩。校内でも有名な不良さんです。

「ちょっとキミ、人の話聞いてる?」

 灰褐色の髪を左脇だけ幾つものピンで留め、耳にも首にも指にも校則違反のはずのアクセをつけて、制服なんて当然気崩して。

「何無視してくれちゃってるの?人の話はきちんと聞きましょうって、習わなかったー?」

 目を細めて笑う先輩。目は笑っていません。メチャこわっ。

 すみません。無視してるんじゃありません。

 恐怖で声が出ないんですよ?頭、真っ白なんです。だって、いきなり不良に腕捕まれるってだけでも十分怖すぎるのに、その上、

「………………す」
「んー?聞こえないなぁ?」
「……お……オレです」

 西田歩は。

 肩がぶつかったわけでも、目が合ったわけでもないのに何でいきなり名指しでオレっ?

 わけがわかりませんっ!

 混乱するオレをよそに、並木先輩はニッコリと笑った。

「そっか。じゃあ、ちょっとこっち来ようか?」

 腕を捕まれたまま強引に引きずられていく。クラスメイト及び廊下で出くわせた生徒たちは皆一様に顔を背けた。

 気持ちはわかるけどねっ?

 校舎裏に辿り着きようやく腕を放されたと思ったら、今度は肩を捕まれ壁に押し付けられる。

 何事っ?

 カツアゲ?リンチ?それとも脅迫?目をつけられる覚えなんて何一つないんだけどっ。

「なーんか、思ったより落ち着いてるねぇ?」

 頭ん中大パニックですよっ!?

 そりゃ確かに他人より感情が顔に出にくいかもしれませんけど。てか、こんな状況で落ち着いてられるわけないですって。

「ねー、オレの事知ってる?」

 ニコニコと笑う先輩。その表情がネズミをいたぶる猫に似ているのは気のせいではない。と、思う。

「……に……二年の並木先輩ですよね」
「セイカーイ」

 並木なんて名前なのに全然人並みじゃない。色々と黒い噂のある。あまり、というか決してお近づきになりたい人種ではない。

「歩君は今お付き合いしてる人はいないよね?」
「………………」

 唐突ですね。

 てか質問の形をとった確認なんですね。いるわけないって思ってますよね。確かにいたことありませんけど。

 早く解放してほしくて必死に頭を上下に振る。もう目が回りそう。

「そっかそっか。じゃあオレと付き合おうか」
「………………は?」

 あ、やべ。声に出た。

 でもあえてもう一度言わせてもらう。

 は?

「ななななな何言ってんですかっ?」
「だーかーらっ、オレと付き合えっていってんのっ」
「……ば…罰ゲームかなんかですか…?」

 そうとしか考えられないんですけど。

「んーん。オレがキミを好きダカラ」
「嘘つけっ!!」

 だってあんたオレの顔知らなかったでしょうっ!? しかも今、明らかに棒読みだったぞ!

 思わず叫んでしまい、ハッと我にかえると先輩の機嫌は急降下していた。これ見よがしに舌打ちする。

「ごちゃごちゃうっせーな。黙って頷いてりゃいいんだよ」
「っ!?」

 ぐいっと、壁に押し付けられる力が強くなり息を呑む。

 やばい。

 やばいやばいやばい。

 怒らせた。ボコられる。もしくは犯される。

 短い人生だった。ゆっくりと近づいてくる先輩の顔。恐怖のあまりぎゅっと瞼を閉じた瞬間、

 ドガッ!

 奇妙な音と共に肩を押さえる力が消えた。

「……え?」

 恐る恐る目を開くと、目の前には誰もいない。少し離れた地面の上に並木先輩が転がっている。

 え?何?一体何が起きたんだ?

「ってーなぁ。何しやがんだよ!バン!」
「それはこっちのセリフだよ」

 身を起こし、怒鳴る先輩に答える声があった。

 静かで、とても低い声。

「お前、一体何やってんの?」



 ラスボスがいらっしゃいました。



 ポケットに手を突っ込み、悠然と立っていらっしゃるのはこの高校の超有名人。むしろこの界隈で知らない人などいない大御所。

 泣く子も黙る万里先輩。

 スラリとした長身に、引き締まった身体。深い青を幾重にも重ねた短髪は軽く立たせて、耳にはほとんど黒の青い石がついたピアス。まとう空気がもはや高校生のものではないこの方は、近隣を牛耳るチーム‘WINGs ’のトップ。

 あ、やばい。オレ死んだ。

 ほら見て、うっすら涙が出てる。

「何って…ナニ?お楽しみ中なんだから邪魔すんな。つーか、お前も交ざるか?」
「っ!?」

 ビクッとしたオレに万里先輩の視線が向く。

 な、ナニって何だよ。交ざるって何に?何だかものすごく嫌な予感しかしない。

 何この一難去って一難みたいな状況。てかむしろ一難も去ってないよね。災難がさらにやって来ただけだよね?

 どう転んでも助かりそうにないんですけど。

 無言の視線に怯えていると、やがて万里先輩は視線を並木先輩に戻した。そして長いため息をつく。

「オレには後輩いじめてるようにしか見えなかったけど?」
「え〜、気のせいだって」

 気のせいじゃありませんっ。万里先輩の言う通りですっ。

 首の後ろに手をやり、軽くうなだれる万里先輩。また、ため息をつくのが聞こえた。そして並木先輩に近づくと、おもむろに首根っこを掴んだ。

 え?

「へ?ちょっと、何すんだよ、バン」
「お前ね、一般生徒に絡んじゃダメでしょ」
「何だよー、お前にはカンケーねーだろー」
「はいはい。わかったから」

 まるで駄々をこねる子供のような並木先輩を引きずり、万里先輩が歩く。途中、万里先輩はふと足を止め振り返った。

「西田君」
「は…はいっ!」

 大きな声で返事をしたオレに、万里先輩はそれはそれは綺麗な苦笑を浮かべる。

「迷惑かけてごめんね」
「………え?」
「じゃ」

 それだけ言うと、未だ色々わめき続けている並木先輩を連れ去っていった。

 え?

 てか……え?

 な、何?何が起きた?

 わけがわからず、壁に寄りかかったままずるずると地面の上に腰を落とす。足に力が入らない。

「あ……あれ?」

 もしかしてオレ、助けられた?あの万里先輩に。

 てか、万里先輩…

「な…何で、オレの名前……?」

 呆然と座り込む、ある麗らかな四月の日。





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