ハロウィン(2012)
(四季の色)
とある公園の高台の上。手すりに面して並ぶベンチの一つに、小学生が一人腰かけていた。
横には水の入った小さなバケツ。絵の具やパレットなど。そして膝の上には白い紙を乗せた画板。無心に筆を動かし描くは、眼下の街並みと秋の空。
冷たい風が吹くのも気にせず、時がただ静かに流れる。
やがて少年は手を止めて、風景と絵とを何度か見比べる。そして筆を置くと、カバンから魔法瓶を取り出し温かいお茶で喉を潤す。
一息ついて、何となしに視線を動かしてようやく、すぐ隣のベンチにデカイ高校生が座っているのに気づいた。少年がわずかに顔をしかめると、握り飯を頬張っていた高校生が振り返る。
「よう」
「………」
無言で返す少年。高校生はその態度に特に気にした様子を見せない。
「喰うか?」
「………」
今度もまた、無言で首を横に振るだけ。ふとあることを思い付いた高校生は、小さくニヤリと笑みを浮かべ、お決まりの台詞を吐いた。
「トリック・オア・トリート」
あからさまに嫌そうな顔になった小学生。くっくっと笑いを堪える高校生は、どうせ何も持っていないだろうと高をくくっていたのだが、カバンから取り出されたものを見て眉をしかめる。
「黒飴か」
「ん」
袋から個包装された飴玉を二三、高校生に投げ渡す。
「喉乾くんだよな、これ」
「文句言うんじゃねぇよ」
とりあえず礼を言い、まだ握り飯が残っているからと飴玉をポケットに突っ込む。
「飴とか持ち歩いてるんだな」
「………今日はな。馬鹿避けに」
うんざりと呟かれた言葉に高校生はひくりと頬をひきつらせる。
「悪かったな」
「あ?………あぁ、あんたのことじゃねぇよ」
言って少年は視線を街並みに戻す。
「一昨年」
「あ?」
「どこから手に入れたのか、巨大カボチャ持って朝っぱらから押し掛けてきた馬鹿がいる」
「………」
「その上ランタン作ろうとして流血沙汰」
過去を思い出す眼差しは遠い。乾いた笑いしか出てこない。
「去年は、中学上がったくせにわざわざ小学校まで押し掛けてきて。菓子がないとわかったら悪戯しようとしてきやがった」
「………悪戯って」
何だろう。いかがわしい感じがする。
「ろくなことしでかさねぇ」
「あー…、お疲れさん」
それ以外にかけられる言葉は思い付かなかった。少年は疲れきった息を溢す。それから視線を下ろし、描き上げた絵の乾き具合を確認した。
後少しと手で風を送る。何となしに横を向けば、ちょうど握り飯を食べ終えた高校生が食後のお茶を飲んでいるところ。
「………なぁ」
「んー?」
振り返った高校生に、今度は少年がニヤリと笑いかける。
「トリック・オア・トリート」
かけられた言葉に高校生は何度か目を瞬かせる。意味を理解すると、楽しそうな笑みを浮かべカバンからある包みを取り出した。
「ほら」
投げ渡されたそれを目にして、今度は少年が目を瞬かせた。
透明の袋に入れられたカボチャやコウモリの形のクッキー。ご丁寧にオレンジと黒の細い紐数本で封をしてある。
「わざわざ用意してたのかよ」
「まぁな。弟らにせがまれたんだ。ハロウィンパーティしたいって」
「へぇ?」
「折り紙とかでせっせと飾り付け作って。帰ったらパンプキンパイ作ってやる約束になってんな」
だからついでにお前らにも。続いた言葉に、呆れ顔していた小学生はフッと表情を緩めた。どことなく楽しげに礼を述べる。
「んであいつは?今日は来てねぇか?」
「あんたが来る前にはいたけど」
どこに行ったのかは知らないと、肩を竦める。気がついたらいなくなっていた。
すっかり乾いた画用紙を丸め、輪ゴムで止める。目の前の風景と、空になった画板を何度か見比べ新たな一枚を取り出した。
「………まだ描くのか?」
高校生の問いに、少年は肩をすくめ返事の代わりにする。
呆れたとも感心したともとれるため息を聞き流し、少年の手はベンチの上の絵筆にのびる。けれど僅かに迷いを見せ、手にとったのは鉛筆。
先を画用紙につけ、動かすことはせずに数秒。おもむろにくるりと鉛筆を回す。
「なぁ」
「んー?」
「さっきの。ハロウィンパーティって仮装もすんの?」
「オレはしねぇけど、弟らのは作ってやったな」
「ふぅん?」
視線を合わせることなく交わされる会話。少年の手は滑らかに動き始め、白い画用紙の上に線を重ねていく。
「吸血鬼とか?」
「おー。フランケンとか」
「へぇ?」
どことなく明るい声色。高校生が横目で様子を見れば、少年は手を休ませることなく動かしていた。
「………興味あんのか?」
少年はただ静かに口許を緩めただけ。肯定とも否定ともとれるそれに、高校生はため息をついた。まぁいいと、お茶を口にした時、新たな声がかかる。
「………お前、また来たのか」
冷たい声に視線を向ければ、眼鏡をかけた高校生が立っていた。
「よう」
デカイ高校生の挨拶に一瞥をくれただけで、眼鏡の高校生は少年と同じベンチに腰かける。ベンチの上には絵の具等が置かれたままなので二人の間には少し距離があるが。
「なぁ、トリック・オア・トリート」
「はぁ?」
からかいを含んだ定型文に、眼鏡の高校生は思わず呆れ声を溢す。馬鹿にしきった視線を向けるが、すぐ横の少年が手を止め、眼鏡の高校生を見上げて、
「悟。トリック・オア・トリート」
と言ったら言葉に詰まった。
深く眉間にシワを寄せ、己を上目使いで見つめてくる少年を眺める。そしてデカイ高校生と何度か見比べた後に無言でポケットを漁り始めた。
どうにか見つけ出したのはガムが一枚だけ。
もう一度、少年とデカイ高校生とを見比べる。
「………五月女」
デカイ高校生にガムを投げつけた。
「ぅおっ」
そして、少年にニヤリと笑いかける。
「悪戯、できるもんならやってみろ」
挑発するような物言いに、少年は余裕の笑みを浮かべて応じる。
「なら、目閉じろ」
「は?」
「早くしろよ」
眉をひそめ、眼鏡の高校生は瞼を閉じた。
「それで?この後は?」
「良いって言うまで開けるなよ」
何をする気なのかはわからないが、眼鏡の高校生はとりあえず言うことをきいた。けれどしばらく待ってみたけど何も起こらない。
もうしばらく待ってみたけれど、やっぱり何も起きない。
訝しく思い薄目を開けて、
「………は?」
思わず目を開けた。少年はいなくなっていた。それどころかデカイ高校生もいない。
「は?」
慌てて辺りを見渡し、離れた位置にいるのを発見すると足早に近づく。
「おい。一体何を考えているんだ」
「何って、悪戯だろ?」
「っ!」
楽しそうな少年の言葉に、頬がひくりとひきつる。笑いを堪えきれていないデカイ高校生には、睨みを向ける。
「………そう言うお前たちはどうなんだ。トリック・オア・トリート」
仕返しとばかりに眼鏡の高校生が吐いた台詞。少年とデカイ高校生はそれを聞くと一瞬目を合わせ、笑みを深めた。
「ほら」
「ん」
示し合わせたかのように差し出されたクッキーの詰め合わせと黒飴。目にした眼鏡の高校生は、ますます頬をひきつらせた。
秋空の下、とある公園での出来事。
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