七夕(2012)
先生が教室を出ていってから、ため息をついてイスに座る。あー、面倒くさいなぁもう。
ふてくされていると、クラスの男子から声をかけられた。
「おーい菖蒲、ヒナ鳥来てんぞ」
「ん?…陽菜!」
後ろのドアから陽菜が顔を覗かせている。慌てて立ち上がり駆け寄った。
「陽菜、ごめん。宿題集めて職員室持ってかなきゃならなくなったから、遅くなる。どうする?先帰る?」
「ううん。待ってる」
きょとんと首をかしげた後に、笑顔で答える陽菜。宿題やってこなかった奴が何人かいたから、終わり次第集めて先生のところに持っていくはめになった。
何でやってこないんだよ宿題。てか何でオレは学級委員長なんだ。
陽菜と違うクラスってだけでも納得いかないのに。
「じゃあ、中で…」
「錦野!もー無理!おわんねぇ!意味わかんねぇよ!」
「は?ちょっ、今教えるから………陽菜、ごめん。ちょっと待ってて」
「うん」
「お、ヒナ鳥しばらくここにいんの?なら手伝えよ」
「何を?」
「七夕飾り」
「オレたちで超大作を作るのだ」
「面白そう。手伝う」
机の上に折り紙を広げていた連中が声をかけてきた。陽菜は顔を輝かせて輪に入ってく。待ちぼうけにさせなくてすんだのはよかったけど。でも何かな。
「錦野!早く!」
「今行くって!」
結局未提出男子全員の宿題を見るはめになった。何度か陽菜が様子を見に来てくれて癒されたけど、疲れた。
「錦野、集め終わった?」
「何とか」
「じゃあ職員室行くわよ」
女子の学級委員長は女子のを集めてたけど、二人分だけ。ずるい。
「………陽菜ー、職員室行ってくるー」
「一緒に行くー」
「ダメっ」
女子の学級委員長がなまじりを上げた。
「百瀬くんは関係ないでしょ。これは私と錦野の仕事なの」
「いーじゃん別に」
「絶対ダメ」
「………えっと、じゃあ待ってる」
「えー」
「ほら、行くわよ」
すぐ帰るからと陽菜に伝えてると、早くしろと蹴飛ばされた。暴力女め。
「何でお前いっつも陽菜に対してキツいんだよ」
「………そんなの、あんたらがキモいからに決まってるでしょ。ベタベタしちゃって」
廊下を早足で進む女子の学級委員長に並ぶ。こいつはいつもこうだ。ただでさえキツい性格してるのに、陽菜に対しては余計ひどい。
「お前には関係ないだろ」
「っ、そういうの、何て言うか知ってる?ホモって言うのよ。この変態!」
怖い顔して睨んでくるけど、意味わかんねー。こいつ、幼稚園も同じだったけど、そん時だって男同士じゃ結婚できないんだって言ってきて。
それについては理解できたけど。でもだから陽菜に結婚できないって教えたら泣いちゃって。
しかも陽菜にオレはおにーちゃんじゃないのにおにーちゃんなんて呼ぶのおかしいってつめよって泣かせた。
おにーちゃん、ひなのおにーちゃんじゃないの?って泣きじゃくっちゃって。
確かに兄ではないけど、でも何て呼んだっていいじゃないか。関係ないのに一々オレと陽菜のことに口出してきて。
「だったら何だってんだよ。オレがホモだろうが変態だろうが関係ないだろ。オレは陽菜がいればいいんだ。この性格ブス」
「っ!あんたなんかだいっきらい!」
その後は無言で職員室まで宿題を届けに行って。教室戻ったら陽菜が抱きついて迎えてくれたから、ぎゅうと抱き締めて癒されようとしたらまた蹴飛ばされた。
しかも陽菜たちが頑張って飾り作ったのに、変なもん付けるなつって。
中学は別んとこなったから清々したのに、高校上がったら何かいたし。小学校の時ほどじゃないけど、たまにつっかかってきて。陽菜はあまり気にしてないようだからいいけど。
ぼんやりと窓の外の雨を眺めていた視線を陽菜に移す。真剣な顔して数学の問題を解いていた。昔は九九が覚えらんなくて苦労してたんだよな。
問題を解き終わった陽菜が小さく息をはく。そして目が合った。
「アヤ?どうかした?」
「んー…、何か昔のこと思い出してた」
「昔のこと?」
不思議そうに首をかしげる陽菜に頷く。
「陽菜、小学校の時、ヒナ鳥って呼ばれてたよな」
「あぁ…アヤの後ろ引っ付いて回ってたから、雛鳥の刷り込みみたいって」
「そうそう。陽菜と雛鳥かけて」
手を伸ばして陽菜の髪に触れると、くすぐったそうに微笑む。あぁ、愛しいなぁ。
小学校に上がった時点で陽菜とクラスが別れた。それで寂しがった陽菜は休み時間の度オレのいる教室にきた。
幼稚園では常に一緒にいたから、授業中だけとはいえ離れているのはひどく落ち着かなかった。
最初はクラスの男子がそれを揶揄して呼び出したけど、オレも陽菜も気にしてなかったからか呼び名だけが定着した。むしろ陽菜は喜んでたし。
「………そろそろ休憩する?」
「んー…うん」
気持ち良さそうに髪を撫でられていた陽菜がこくんと頷く。もう片方の手も伸ばして抱き寄せた。
素直に腕の中に収まった陽菜は、首筋に頭を埋めて深く呼吸する。両手で服をしっかり掴んで。
もし猫だったら、きっとすごい勢いで喉をごろごろ鳴らしてるんだろうな。
しばらく温もりを堪能していたら、陽菜がわずかに動いた。
「ね、雨、夜には上がるかな?」
「ん?陽菜は天の川見たい?」
「天の川って言うか…せっかく短冊書いたから」
「ああ。あの合格祈願」
「そう。合格祈願の」
大学が別々になっても離ればなれになる訳じゃない。それでも、一緒にいられる時間は減ってしまうから。だから同じ大学に合格できるよう短冊に願った。
オレはレベルを少し落としてもいいんだけど、陽菜がそれは絶対にダメって。だから陽菜は今、ものすごく勉強を頑張っている。
こうやって休憩させないと、いつまでも根をつめて勉強してる。
ゆっくりと、眠気を誘うリズムで陽菜の背中を叩く。陽菜の身体から少しずつ抜けていく。重くなっていく体重に、小さく笑みを浮かべた。
「ん、アヤ…もう…」
「んー?もう少し休みなって」
「でも…」
「大丈夫。少ししたらちゃんと起こすから」
「………ん」
くすりと笑って、こみかめにそっと口付ける。腕の中の存在に、至福を感じる。
空の上の二人には悪いけど、自分は一年に一度しか会えないなんて耐えられない。一分一秒でも長く一緒にいたい。
だから、陽菜が無理をし過ぎないように、合格できるようにサポートする。短冊に、願いを書きはしたけれど、雨が降ってしまえばいいと思う。
だって、陽菜の願いを叶えるのはいつだってオレだけでいたいんだ。
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