母の日(2012)
洗濯カゴを抱えてリビングに戻ると、うちの息子と親友の息子がじゃれあっていた。ちょっと心配になるくらい仲がいいけど。でも今のうちよね。
成長すれば、険悪になるがもだし。
「ひーな」
「なぁに?」
「こっちむいて」
「う?……んっ」
ちゅっ、
は?
「……おにーちゃん、もーいっかい」
うれしそーにはにかんだ陽菜ちゃんが、菖蒲にぎゅうと抱きつく。
ちゅっ、
どさっと、手にしていた洗濯カゴが落ちる。
「ん。もっとー」
「ふふ、ひーな」
「おにー、ちゃん、んっ」
ちゅっ、ちゅっと押し当てるだけのキスを繰り返す二人。状況を理解するのに、少し時間がかかった。
「あ、あ、あ、菖蒲ーーっ!」
「ん、おかあさん?なに?」
ぎゅうぎゅう抱き合ったまま顔を上げる二人は正直ものすごく可愛い。でも、お母さんはそんなことでごまかされたりはしません。
「……お兄ちゃん?今何してたの?」
「きすしてたんだよ」
さらっと答えんな。
「何で陽菜ちゃんとキスしてたのかなー?」
「すきだから。なー?」
「うんー。ひなもおにーちゃんすきー」
あまりにも無邪気な返答に、頭がくらっとした。力なくその場にへたりこむ。
「すきなひととはきすしたり、おでかけしたり、いっしょにねたりするんだよ」
おかあさんしらないの?との声がひどく遠くで聞こえる。
いや。いやいやいや。大丈夫。今だけ。今だけのはずだ。大きくなったらきっと陽菜ちゃんがおにーちゃんうぜーとか言い出してくれる、はず。
「う、うちのバカ息子のせいで陽菜君お婿にいけなくなっちゃったらどうしようーっ!?」
「あははは。だーいじょうぶよぅ」
リビングのテーブルに突っ伏して叫ぶのは、あれから数年後の事。
さすがに、小学校上がる頃には陽菜君も菖蒲が兄ではないとわかって、もうおにーちゃんなんて可愛らしく呼んだりはしない。
それ以外はあまり変化がない。
「でも、先週うちのバカ息子、陽菜君に膝枕してもらってグースカ寝てたのよ。しかも手を重ねたりして!付き合いたてのカップルかっつーの!」
ガバッと身を起こすと、陽ちゃんはにこにこ笑いながらお茶を飲んでいた。
「いいのよ、いいのよ」
「……陽ちゃん」
「もう、諦めてるから」
全然よくない。
「諦めちゃダメー」
「んー…」
「お願いだから諦めないでー」
「……ねぇ、陽菜が菖浦君と結婚するって泣いたときの事覚えてる?」
「ん?うん」
忘れるわけがない。むしろおにーちゃんとじゃなくておかーさんとけっこんするーって言ってほしかった。
「……あの時のカブト、壊れてたから捨てたら、大事なもの勝手に捨てるなんて人として最低だって怒られたのよねぇ」
「陽菜はまだ鯉のぼり持ってるわよ。五月になるとペン立てに指して飾ってるのよね」
その一件で陽菜君の中で菖蒲の株が上がったのは知っている。
「……私だって、陽菜君に貰った肩叩き券まだ持ってるのに」
「えー?私は使っちゃったわよ。陽菜の肩叩き券も菖蒲君のお手伝い券も」
「……菖蒲のお手伝い券もとってある」
なのになぜ。私だって、おかーさんすきーって言われたかった。
「あぁ……それでね。どーして結婚ダメなのって訊いてくるから、男の子同士は無理なのよ。男の子と女の子じゃなきゃ結婚してもお父さんとお母さんにならないでしょ。お母さんいなかったら困るでしょって言ったら―――」
―――じゃー、ひなが、おかーさんになる!
「って」
「……………………」
「……無理よねぇ」
「それは……無理だわねぇ」
「でも小学校で将来の夢、お母さんて答えて、担任驚かせたのよ」
「それは……驚くわねぇ」
はぁと二人同時にため息をつく。
「菖蒲、ちゃんと恋人できるのかしら」
朝早く起きてきて、きちんとめかし込んでたりするから、デート?って冗談で訊いてみれば返ってくる答えは、
―――陽菜とでかける
何か色々と心配になったから、あんた彼女とかいないのと訊いてみれば、
―――陽菜がいればいい
「……むしろ陽菜君に恋人できても邪魔しそうで怖いわ」
「あはは、それはお互い様よぅ。陽菜、いつまでたってもお兄ちゃん離れできないんだもの」
「でも菖蒲の方がお兄ちゃんなんだし、先に弟離れしなきゃ……あぁ、孫の顔見れるのかしら」
がっくりと項垂れる。
「やっぱあれかしら。変に離そうとしたら意固地になるだろうからって放置してたのがいけなかったのかしらね」
「……それか、あれよね。陽菜君がまだ陽ちゃんのお腹にいる頃、菖蒲に大きくなったらこの子と結婚するのよって言い聞かせてたせいよね」
「そうそう。陽菜にも大きくなったらお兄ちゃんと結婚するのよーって言ってたわね」
なぜか女の子が生まれてくると信じて疑わなかったあの頃。陽ちゃんの子とうちの子が一緒になったらいいねと盛り上がっていた。
暗示をかけるように大きくなったら結婚と教え込み、だがしかし生まれてきたのは男の子。あの時のショックといったら。
しまったと思った時には遅かった。
「仲良すぎて困ることがあるなんて。……あの子達、小さい頃キスまでしてたのよ」
ちっちゃい子がくっついてるのは可愛いかったけど。何かいやに不安を感じた。
「……私、あの子達が小六の時にキスしてるの見たわよ」
「……………………」
「それで、あ、もう無理かもって」
言葉もない。
「……陽ちゃ〜ん」
「はいはい。おいで、菫」
ホラと腕を広げた陽ちゃんににじりより、抱きつく。う〜とうめき声を上げれば、ポンポンと背を叩かれた。
ぎゅうと抱き締めてくれる温もりがひどく心地よい。あぁ、癒される。
「……母さん何やってんの?」
「あぁ、帰ったの。菖蒲」
「……ただいま」
陽ちゃんの肩に頬をのせて声の方を向けば、朝から出掛けていた息子がいた。わずかに冷たい目をして。
その隣には陽菜君。ふと視線を下げれば、しっかりと手を繋いでいた。
相変わらず仲のいいことで。
「お邪魔します。おばさん、これ、アヤとオレから」
「ありがとう。陽菜君」
きれいに包装された箱を差し出されたので、陽ちゃんから離れて受け取る。少し、小さめの箱。今年は何だろう。
「母さん。陽菜とオレとからだから。おばさんも。いつもお世話になってます」
「ありがとうね、菖蒲君。陽菜も」
陽ちゃんが渡されたのは、色違いの包装で同じ大きさの箱。また、お揃いの物だろうか。
「じゃあ、オレたち部屋行ってるから。陽菜、行こ」
「うん」
そそくさとリビングを後にする二人。その後ろ姿を見送ってから陽ちゃんに視線を向ける。包装を解こうとしていた陽ちゃんが顔を上げ、目が合った。
「ん?……あぁ、はいどうぞ」
どうぞと広げられた腕に遠慮なく飛び込む。あぁ、やっぱり癒される。
「……陽ちゃん、好きー」
「はははっ」
「お母さんたちって、仲いいよね」
「……だな」
全く。いい年して何してんだか。
「ん?どうした?」
ベッドを背にして並んで座っていると、陽菜が擦りよってきた。
「羨ましかった?」
「……ちょっと」
「ははっ、陽菜。こっち向いて?」
「ん?な…んっ」
頭をぐりぐりと肩に押し付けてくる陽菜の名を呼び、顔を上げさせる。不意打ちでキスをすれば、驚いたのか目をぱちくりさせた。けれどすぐに顔を綻ばせて、
「もう一回」
なんてねだってくるんだからたまらない。望み通りにもう一度唇を合わせる。
「んっ……もっとー」
ぎゅうと抱きついてくる陽菜を抱きしめて、せがまれるがままに何度も唇を合わせる。
「陽菜、ん」
「っ、アヤ」
口付けは合わせる内に深くなっていた。絶対に離さないというように、抱き締める腕の力を強める。
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