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 放課後先輩にお呼ばれしたので、見つからないようにこっそりひっそりと階段を使っている。

 その前に準備したい物があったので友達の所に寄ってきた。生暖かい目で見送られたけど。でも猫の日だからと言っただけで通じたし、持ってる方も持ってる方だ。

 人通り皆無の階段を上りきり、結構疲れる、取り出したるは先輩に渡されたスペアキー。これがないとこのフロアには入れない。

 ピッと鍵を解除してドアを開ける。角から廊下を覗き込み、人がいないことを確認。階段よりもここが一番緊張する。

 なんたって、先輩とのお付き合いは極秘なのだ。

 よし。誰もいない。その隙に先輩の部屋まで駆けよってチャイムを押す。すぐに先輩が出てきて、中に招き入れられた。

「いらっしゃい」
「おじゃまします」

 中には入ると、奥から良い匂いがしていた。

「もうちょっと時間かかるから、少し待ってね」
「あれ?なんか早いですね」
「うん。早いんだ」

 まだお腹空いてない?と訊かれていいえと答える。確かに夕食時には早いけど、先輩の手料理は美味しいからバチコイだ。

 テーブルを拭いたり、食器を用意したり、そんなことを手伝いながらまだかまだかと待つ。

 そわそわしているのは美味しいご飯を待っているから、だけではないけれど。

「いただきます」
「めしあがれ」

 食卓には純和食が並んだ。

 メインはブリ。ツナの炊き込みご飯に根菜類の煮物。汁物はつみれのお吸い物。

「猫の日ですね」
「猫の日なんです」

 玉ねぎは使わなかったよとは先輩のお言葉。猫に玉ねぎは厳禁なんです。

 美味しくいただいて、作ったのは先輩なので片付けを担当する。そわそわは少しずつ大きくなってきている。先輩もなんだか落ち着かないようだった。とりあえず、先にお風呂に入ってもらっている。

 そわそわ。

 わくわく。

 先輩と入れ替わりにお風呂に入って、ゆっくり湯船に浸かり、上がる。体をきちんと拭いて、用意していたそれを取り出した。

 先輩はどんな反応をしてくれるだろうか。短く深呼吸して、ニャンッと先輩の前に姿を出す。

「……」
「……」

 じっと見つめてくるソファの上の先輩。あれ?無反応?と思ったら、やおら片手で口許を押さえた。もう片方の手でおいでと招かれる。

 チリン、チリンと鈴の音をさせて近づくと、手を引かれて先輩の上に倒れ込んだ。

「うぉ」
「猫の日グッジョブ」

 ぎゅぅぅ…っと力の限り抱きついている先輩が耳元でボソリと呟く。

 何か違う。

「先輩。ここは笑うところですよ?」
「………」

 無反応。

 ただひたすら抱き締められて、何だか所在ないので目の前の先輩の髪をつんつん引っ張って遊んでみた。

 やっぱ髪の毛もきれいだなー。良いシャンプー使ってるもんなー。匂いも何かすごく良いし。そんなことを考えていると、首筋をペロペロと舐められた。

「うはは、くすぐったい。先輩、くすぐったいですって」

 ちぅと吸い付かれて、マークをつけてからようやく先輩が顔を上げた。

「先輩、猫ですか?」
「ねこはちぃでしょ?」
「どっちの意味でですか?」
「どっちの意味でも」
「まぁ、そうですね」
「……ネコの子が猫のコスプレ」
「駄洒落ですか?」
「事実でしょ」
「そうですね」

 まぁ、それ狙いでしたし。

 そう。オレは猫の格好をしている。

 友達から借りた猫耳カチューシャと尻尾(茶虎)。おまけに鈴つきの首輪までつけて。完璧にウケ狙い。罰ゲームのノリ。

 だけど何か先輩の反応は予想していたものとは違った。おかしいな。思いっきり笑われると思ったのに。

 まぁ、いっか。

「ん?」

 昼間と同じ先輩の膝の上で抱きつく体勢。ふと視線を下げると先輩のおしりのところに何か落ちてた。

「あ」
「あ」

 手をのばして拾ってみると、それは猫耳カチューシャ。色違いバージョン(縞猫)。

 なぜここにと先輩を見ればふいと視線を反らされる。

「………先輩?」
「………ちぃに着けたら似合うかなって」

 いや、似合いはしませんよ。何の罰ゲームですかって今の格好じゃ言えませんけど。

「でも、もう別の着けてしまっているので……えい」
「あ」

 先輩の頭に装着してみたら想像以上で思わず顔をそらしてしまった。

「ちぃ?」
「何でもありません。とてもお似合いです」
「ならこっち向いて」
「無理です」

 猫耳の威力なめてた。

 先輩は…以下略。

 そんな先輩が猫耳を着けた姿は…以下略。

 簡潔に言えば直視できない訳です。けど耳元で何度も名前を呼ばれて、頬にちゅうされて結局根負けして前を向く。

 今、絶対顔赤い。

「……先輩、後で写メ撮らしてください」
「じゃあ、ちぃのも撮らせて」
「どうぞ」

 同じ猫耳でも出来映えはまるで違いますが、それで良いならばいくらでもどうぞ。

 嬉しそうな笑みを浮かべる先輩に見惚れていると、顔が近づいてくる。唇が重なり、至近距離で見つめ合うとどちらからともなくクスクス笑い合う。

 チュッチュッと口付けてくる先輩に応えて、首に手を回す。重ねる内に深くなるそれに、スイッチが入りそうになった。

「ちーぃ」
「んっ」
「ニャンニャンする?」
「……せんぱい、おやじくさい」





 翌日、同室者に猫の日堪能したと報告したら拗ねられた。

「…オレ、猫派」
「うん。そんな感じ」
「………」

 恨みがましそうに見てきたので、煮干しをあげたらため息をつかれた。





 生徒会室の風景。



 その日、副会長は朝からご機嫌だった。にこにこ笑顔を浮かべているのはいつもの事。この日はさらにバックに華を背負っている勢いだった。

 それはもう、落としたペンを拾ってもらった一般生徒が後に、

「マジで少女漫画の王子さまみたいだった」

 と真剣な表情で語るほど。

「もう本当に、後ろに華がぶわぁって。手、伸ばせばとれそうだったんだよ!」「眼科行け、眼科」
「マジなんだって!ありゃノンケでもクラッとくるって!」
「クラッときたのか」
「きてねぇよ!」

 いつもより五割増しな笑顔と優しさを振り撒く副会長に、親衛隊隊長は泣きついていた。

「お願いですっ!お願いですから少し抑えてください!」
「ふふふっ、何を言ってるんですか?」

 アレ、絶対恋してるよねとは本人の知らない噂。

 さて、騒ぎを引き起こす副会長のスマイルも、ここ生徒会室においては少々扱いが違った。

「しまりがない」

 とは、開口一番の会長の言葉。庶務は関わりたくないとばかりに眉根を寄せ、書記は困惑の表情を浮かべた。会計…はまだ姿を表していない。

 やけにご機嫌な副会長をうざったく思った庶務はそうそうに避難することにした。手持ちの書類を手早く片付け、会長に声をかける。

 職員室と風紀室に届ける書類を預かり、部屋を後にしようとしたら、寸前にドアが開かれた。

 開けたのは会計。

「……お前、ほっぺたどうした?」

 思わず庶務が目を丸くしたのは仕方がない。会計の頬には引っ掻き傷があった。にも関わらす本人は副会長と同じくしまりのない顔。

「みぃちゃんに引っ掛かれたぁ」

 ヘラヘラした返答に、訊かなきゃ良かったと庶務は顔をしかめた。

「……お前、実家帰ってたのかよ」
「だって!昨日猫の日だよ!会いに行かなくてどうすんの。猫じゃらし出したらふしゃーって威嚇してきて…っ、本当にかわいいんだから」
「あー、そうかよ。良かったな」

 テンションMAXな会計の猫バカぶりは今に始まった事ではない。厄介なのが増えたと判断した庶務は、適当にあしらい部屋を出ていった。

 何となく取り残された気分になったのは書記。テンションがやけに高めの二人についていけず、助けを求めて会長を見つめるも、

「放っておけ」

 の一言きり。

 そんなっと思ったけれども、会長はすでに仕事に戻ってしまい目を合わせることができない。しばらくおろおろと辺りを見回し、やがて諦めパソコンに視線を戻す。

 書記は仕事に集中しようと必死だった。副会長と会計は各々の幸せに浸っていて、だからそれに気付いた者はいなかった。

 会長の眉間のシワがいつもより二割減な事にも、口角がわずかに持ち上がっていることにも。

 生徒会室には、一足早く春が訪れていた。





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