年越し(2014) (私の方が彼を好き) 「今年ももう終わりかぁ」 「そうだね」 「ん」 「ありがとう」 彼に酒を注がれ、礼を言う。 旅館の一室。窓からは闇夜に浮かぶ木の葉が見える。外を覗けば近くの川が見えるけれど、室内で腰かけている状態では見えはしない。 布団は用意されている。けれどまだ眠るつもりはない。少なくとも、午前零時を過ぎるまでは。 「結構人いたな」 「そう?」 「もっと空いてるかと思ってた」 「同じようなこと、考える人、多いから」 「……恵?」 「んー…?」 「疲れてんのか?」 ゆったりと顔を上げ、彼を見る。わずかに首をかしげた彼を暫し眺め、それから手元のコップに視線を戻す。 「まぁ、少し」 「へぇ」 どこか楽し気な声。 「……旅行自体はよくするから慣れてるけど、いつもは一人だから勝手がちがくて」 「一人の方が楽か?」 「じゃなくて。少しテンション高くなってたから」 「そりゃよかった」 クツクツと、彼が笑う。 まだ、眠るつもりはない。ないけれど、瞼が重たくなってきている。彼の楽しそうな声を聞きながら、気づいたら眠ってしまっていた。 目をさましたとき、すぐには状況が把握できず、身を起こし見回す。そうして、彼と旅行に来ていたこと。朝まで呑もうと言って酒盛りをしていたこと。変にテンション高くなっていて疲れたせいか、睡魔に襲われたことを思い出す。 明かりは消されている。起きたとき肩から何か落ちた気がする。彼が何かかけてくれたのだろうかと確認しようとし、ぎょっとした。 すぐ横で彼が寝ていたのだ。 しばらくその姿を凝視した。掛け布団を被っているが、片側はずり落ちている。おそらく、一緒にくるまって寝ていたのだろう。何でわざわざ。布団に入って寝ればよかったのに。 そう思いながらも、布団をかぶり直す。気持ち近寄って。こんな風に寝ては、疲れはとれきれないだろう。けれど、少しでも近くにいたい。 時計を見れば、とっくに年を跨いでいた。 「……今年もよろしく」 今年だけでなく、これからもずっと。 彼の寝顔を眺め、それから瞼を閉じた。 「何それずるい!」 それが彼の話を聞いた彼女の第一声だった。 「ハッハッハ。いいだろいいだろ」 「私も行きたかった」 「混んでたけどね」 正月はどう過ごしたのかという話題になり、彼が正月旅行の顛末を語った結果だった。自慢気に話す彼と、悔しげに聞く彼女。毎度のことながら、何かがおかしい気がする。 「旅行いいな。私も恵と温泉入ったり寝落ちしたい」 「いや、温泉は無理だから」 「家族風呂とか、貸しきり風呂とかあるじゃない」 それでも色々と、問題ある気がする。 「ね、来年は」 「来年は無理じゃない?卒論とか就活とか」 「旅行は無理でも一緒に年越したい」 「ダーメ。オレが先約だから」 グイッと彼に肩を抱きよせられた。 「恵の年末年始はもうずっと先までオレが約束してあんの」 「えー何それ。本当に?」 「まぁ、本当だね」 グイと押し返せばすぐに離してくれた。 高三で初めて共に年を越し、その時に翌年もと約束をした。そして二度目の年越しの際、これからもずっと一緒に年を越そうとなった。本当にそうなればいいと思いつつ、今のところは約束通り過ごせている。 本音を言えば、今年は無理かもしれないと思っていた。彼は彼女と過ごすかもと。 「華江は?どうしてた?」 「え?ふ、普通?」 あからさまに挙動不審になった。 「普通って、初詣行ったりとかか?」 「えーと」 「華江?」 「……と、友達の実家?親戚の家?が神社で。短期バイトとして手伝ってた」 「え?」 「は?」 彼と声が重なる。 彼女は思いっきり顔をそらしていた。ひどく居心地が悪そうだ。 「華江、巫女さんの格好したんだ」 「う、うるさいなぁ。似合わないってわかってるよ」 「いや、そうは言ってない」 「へぇ、そっかぁ。華江が巫女さんねぇ」 「うぅ……」 彼が顔を輝かせて彼女を見ている。自分も、結構興味をひかれていた。 「来年もやんのか?」 「えー、さっき恵も言ってたけど、忙しくなりそうだからもう無理だよ」 「えー、じゃあもう見れないのか?先に言ってくれてればよかったのに」 「見られたくないから言わなかったんじゃん。てかさ、それより旅行。年末年始のはまだ納得できないけど、それ関係なく旅行には行きたい。恵の寝顔見たい」 ……寝顔? 何を言い出したのかと首をかしげる。彼は彼女の言葉に乗っかった。 「恵の寝顔は貴重だぞ」 「だよね」 「まぁ、オレは何度も見てるがな」 「何でっ!?」 「恵、たまに家に寝に来るから」 「寝に行っているわけじゃない」 確かに、家を訪ねてそのままうたた寝してしまったことは何度かあるけれど、断じてそれ目的ではない。 「え?よく雅則の家行くの?」 「まぁ……たまに」 「もはや恵の第二の家と言っても過言ではない。むしろ自宅?」 「いや、過言だから」 「じゃあ今度家来る?」 「いや、もう、何がじゃあなのか」 えー、と彼女が唇を尖らせる。彼がじゃあオレも一緒に行きたいと言い出す。だから一体何がじゃあなのか。 何だかなぁと思いながら二人のやり取りを眺める。今年もこんな調子なのかと思うと、少しだけ気が塞ぐ。 でも、大丈夫。まだ、彼の隣にいることができるし、二人と過ごすことを楽しいとも思えている。だから、やっぱりこのままずっと彼の傍にいたい。 <> [戻る] |