猫の日(2012)
(sweet time)
「先輩。今日何の日か知ってます?」
「……何かあったっけ?」
首をかしげる先輩に、ふふふと笑みが零れる。何でも知っているような先輩にも知らないものがあった。
といっても、語呂合わせのお遊びなのだけれど。
先輩の隠れ家になっている空き教室の床の上。お昼ご飯は食べ終わって、今は食後のおやつ中。
温かいハーブティも、美味しいクッキーも先輩の手作り。そのクッキーの包み紙を見て、思い出した。
「……あぁ、世界友情の日?」
「……違います」
「いや、違わないでしょ?」
「違いませんけど、でもオレが言ってるのとは違います」
「違うの?」
「違うんです」
「そうか。違うのか」
「そうなんです。違うんです」
他に何かあったけと考え始めた先輩に、答えを教えてあげる。また、違うの出されても困るから。
「猫の日、ですよ」
「ネコの日?」
「はい」
偉そうに頷いてみる。だからなんだと言われたらそれまでだけど。特に謂れがあるわけでも、することがあるわけでもないし。
「それって、ネコの子を思いっきり可愛がっていい日ってこと?」
「猫の子?別に子猫だけでなくてもいいと思いますけど?」
何故かずずいと近寄って来た先輩に、首をかしげて答えた。まぁ、確かに猫を可愛がる日で間違いはないのか。
いつもよりいい餌あげたりとかかな。敷地内にのら猫がいると聞いたことはあるけど、残念ながらまだお会いしたことはない。
だから猫の日と言っても、何もないのだけれど。
「………ん?」
猫について思いを巡らせていると、いつの間にか腰に手を回されていた。しかもさわさわと撫でられてる。
何ぞ?
「………何してるんですか?」
「わざわざ訊くなんてヤボだなぁ」
「いやいやいや、何してるんですか?」
「何って…ナニ?」
ナニって…何?いや、わかるけど。話している間に抱き締められる形になり、さらに片手がシャツの裾から入り込んで素肌をなぞっている。
先輩、ここは学校です。さすがにそれはヤバイですって。
気付けば先輩の膝の上に跨がっていたし。すんすんと首筋に鼻を押し付けられてくすぐったい。肩を押して、少し距離をあける。
「急にどうしたんですか?」
「だって、今日はネコの日なんでしょ?」
「はぁ」「だから千尋くんを可愛がろうと思って」
「オレは猫じゃありませんよ」
「ネコでしょ?」
「そのネコの話じゃありません」
「え?違うの?」
「違いますって」
「なんだ。つまらない」
そう言って、唇を尖らせる先輩。本当につまらなそうな表情がおかしくて、苦笑がもれる。
目の前のそれに己の唇をチュッと触れさせた。
「それに、今さら可愛がってもらわなくても、普段からとても大事にしてもらってますから充分ですよ」
「僕としてはもっと可愛がりたいけど?」
お返しとばかりにチュッと口付けてくる先輩。額をコツンと合わせて、クスクス笑い合う。
何度もチュッチュッと唇を重ねて、甘ったるい空気に浸ってると、このままイチャコラしたいなー…なんて思い始めたりしていた。
でもここは学校だ。流されるわけにはいかない。
集え!夏休みの間に鍛えた忍耐力!
「因みに、今日が猫の日な理由はですね」
「戻るの?」
「戻るんです」
ベリッと体を引き離し、強引に話を戻す。先輩はちょっと不服そうにしてたけど、でもここは何度も言うように学校なんですこれ以上はダメです。
「2月22日、ニャン、ニャン、ニャンで猫の日なんです」
「っ!?」
「あ、しかも12年のだとニャン、ニャン、ニャン、ニャンですね」
「っ!!」
「そうすると、10年後はニャン、ニャン、ニャン、ニャン、ニャン。なんか楽しいですね」
「っ!!!」
ゾロ目が揃うのって、なんか愉快になってくる。言ってて少し訳がわからなくなってもきたけど。
にっこり笑って告げると、先輩はなぜか目を見開いていた。どうしたのだろうかと首をかしげると、腰に回されていた手にガシリと肩を掴まれる。
一瞬、バランスを崩し後ろに倒れそうになった。
「うぉ」
「千尋くん!」
「何ですか?」
「今の、もう一回」
「もう一回?」
何がもう一回なのか。やけに真剣な顔をされても、状況がいまいちつかめない。おかしいな。今、ずっと一緒にいたはずなのに。
「今の、ニャン、ニャン、ニャンって言うの!」
「っ!?」
な、何だ。この衝撃は。
「せ、先輩!もう一度お願いします!」
「ん?」
「ニャン、ニャン、ニャン」
「〜〜〜っ」
なぜか悶え始めた先輩。でも違うんだ。それどころではない。先程の衝撃の正体を知るために、肩をペシペシと叩いて正気に戻す。
「先輩。先輩」
「……な、何?」
「まずは深呼吸をお願いします」
「……そうだね。少し落ち着かないと」
スーハーと深呼吸を数度。落ち着いたのを見計らって、まだなんか少しテンション高そうだけど、口を開く。
「先輩。リピートアフターミー、ニャン、ニャン、ニャン」
「〜〜〜っ!ニャン、ニャン、ニャンッ」
「っ!!」
これか。
これがいわゆる‘萌え’というものなのか!
先輩はその…何て言うか結構きれいな顔をしている。
新聞部の行う抱きたい抱かれたいランキングとか言うイケメンランキングで上位入賞しているらしい。あまり興味なかったからよく覚えていないけど。
さらには二年生を代表する‘姫’という称号も得ているとか。これは各学年に一人しかいない。けど、一部生徒には王子様とも呼ばれている。
つまりは整った顔をしているわけで。そんな先輩がニャンニャン言うのは心臓を鷲掴みにされたような破壊力なのだ。
「先輩、かわいいっ!」
思わず頭に抱きつけば、先輩もぎゅうぎゅう抱き締めていた。
「ちぃのがかわいい!」
「ニャンニャン言う先輩かわいい!」
「ニャンニャン言うちぃかわいい!」
お互いかわいいと言い合い、ニャンニャン言い続ける変なやり取りがしばらく続いた。てか、男が男にかわいいって。
まぁ、先輩はどんな誉め言葉でも似合うけれど。
と言うか、猫の日なめてた。何これ。バレンタイン・クリスマスに続く恋人向けのイベントじゃないか。
「……そう言えば、先輩って猫派でしたっけ?」
「ん?違うよ」
一息ついた頃にふと疑問に思ったことを訊ねてみる。相変わらず体勢は先輩の膝の上で抱き合ったまま。
「違うけど、でも猫も良いね」
宗旨がえさせるなんて猫の日すごい。
でもそうか。猫も好きになったのか。それならばと考えを巡らせていると、先輩が鼻先にチュッと口付けてきた。
「ちーぃ」
「……何ですか?」
「今日、授業終わったら部屋に来る?」
「生徒会は?」
「ないよ」
「なら行きます」
「ふふっ」
やけに嬉しそうな先輩に内心首をかしげつつも、何だかこっちまで嬉しくなって笑みが零れる。
もう一度チュッと、先輩に口付けた。
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